2016年10月31日月曜日

身体の中に聖なる身体がある。

身体の中に聖なる身体がある。


まっすぐな息の通り道を身体の内に作ること



なんとか自分の音痴をなおそう、

とはじまった私の身体探索は

まっすぐな息の通り道を身体の内に作る事に

焦点をあて行われる。


なんでそう思ったのかな・・・

物理的に声を出す時

その方が効率がよく

自在な気がしたからかな。

そんなある日、

私は自分のおへそが曲がっていることに気づき

愕然とした。


おへそが曲がってる!!の発見から生まれたP.M.B.


”へそ曲がり”とはよく言ったもんだ

だから、私の人生はややこしいんだ・・・

ものすごく納得した。

そして、真剣に

おへそを真ん中に戻そうとしてみた。

なかなかもどらない。


あっちがもどれば、

こっちにもどり、

こっちをなおせば

あっちがずれていく


なかなかおへそは真ん中にきてくれない。


そこをなおそうとするたびに

身体の内のいろんな歪み、滞り

存在すら気付いていなかった場所に気づき、

使っている脳の場所と関係する事がわかり

今のP.M.B.ワークへとつながる。


そして1年半


やっと、へそまがりの私のおへそくんは

真ん中にもどってきた。


曲がったおへそが戻る時


なかなか真ん中にこないおへそくんを

最後、真ん中に戻してくれたのは

身体は右図の5層からできているのでは?

という発見と、

その結果、その発見が

すべてをひっくりかえしてくれたことだ。

すると右図の真ん中、

核の部分はどこまでいっても空洞になった。


身体が教えてくれることは

私たちはその空洞に向かって

生きているという事


つまり、私たちの身体は

そのうちに空洞をつくるために

ある、という事だ。


すべてはゼロに帰るため


どういうこと?

何、それ?

すべて空、ゼロ、からっぽに還すために

私たちは生きているの?

なんてこと・・・・

じゃ、自分だと思ってた自分は何?

生きる意味、と思ってた意味でさえ・・・何?


ここで私の考え方も生き方も全部ひっくり返っていく・・・・


そうなんだ、

ほんとに

えらいお坊さんやブッダさんがいったことは

哲学でもたとえでもなく

本当なんだ…

こういうことなんだ・・・


体感としてこの事がわかったことはとても大きい


そして見事に私のおへそが真ん中にもどってきた。

はあ~~~~~~である。



聖なる身体になること


そうなってみてはじめて

P.M.B.がやろうとしていることは

”聖なる身体”にアクセスすることなんだ

と思った。


そう、さっきの図の第一の層”核”なる部分から生まれる

第一の層の身体。

それは、ちゃんと身体のラインを描き

”聖なる身体”だと

はっきりと見える。


そこにアクセスしない限り

”まっすぐな息の通り道”が身体の内にできない


なるほど・・・・


”浮上”する潜在意識、潜在身体


そんなことに気づくのと同時に

ここ最近それぞれの課題が

はっきりと浮き彫りになっている

養成講座にて

その”聖なる身体”にアクセスしようと

試みると、はっきりとあらわれたことがあった。


そこにアクセスすべくワークを進め

身体が下から整っていくとき

その奥にひそかに隠れていた

その人の潜在意識が

潜在身体として、

はっきりとその人にあらわれるのだ。


その潜在意識、潜在身体は

その人自身も自分の気づかぬまま

自分の”核”としていたもので

そのありかを、

そう、ちゃんとそれは身体のある場所に

それにふさわしい形として住んでいる。

そこが整うという事は

そこから追い出された形になり

結果として、表面に浮上する。


あまりにも明白に

そのことが現れてくるので

それぞれの人が

有無を言わさず

そこを見る羽目になった。


もちろん、自分の中に

最後の最後、何かが抵抗している感が生まれる。

その何かが、

身体のどこにどんな意識であらわれているのか

自分で分かる事は難しい

が、そこに第三者がいる事によって

何がその人に起こっているか、

そこにある言葉は何なのか

私たちはお互いの言葉で

捕まえようとチャレンジし

見事に捕まえることができたように思う。


ただ、その時に、

みんなが捕まえた言葉は

私からみると、

さっきの図に当てはめると

私から見ると

第2層の言葉が多いように思った。

(そうなのです。

さっきの図はいろんなことにあてはまるのです。)


第一層にある言葉は、

もっとダイレクトで

ある出来事の反応のまま、

のような・・・

だから行動につながる言葉で

感情の言葉ではないような印象を受けている。


そしてこの言葉が読み説けると

その人の問題の核心がわかる。

そんな言葉とともに

自分と核となっていた

潜在意識、潜在身体を手放すことが

とってどんなに怖いことかを・・・

養成講座のみんなをみて

まざまざと実感した。


それはまさしくの自分の崩壊。

今の自分の喪失・・・


最後の最後、その怖さが

その潜在意識、潜在身体を手放すのを

拒否しているのがはっきりとわかった。


それはもう

清水の舞台からとびおりるように

えいや~でやるしかない場合と

身体の使い方で変わる場合と

二通りあった。


養成講座は

そうやって清水の舞台から飛び降りた人

身体の使い方で変わった人

そうして

最後の最後まで

本人は飛び降りようとするのに

その手前で

次々と身体の奥深くに眠らせていた

潜在意識、潜在身体があらわれ、

身動きできなくなる人と三パターンにわかれた。


身体はなんて正直何だろう、という

おもしろさと、

この世界がその人自身に与える影響の大きさに

驚く時間だった。


なんにもない、こわさ

その後、私自身も、

改めて自分というものを見つめ直す出来事が起こった。

その中で

自分が”なにもない”ということを

知った瞬間に

それを知ってしまった、という傲慢さが

自分の中に顔を出し

自分のそばの小さなものを傷つけていく、という

私の癖がわかった。


そのル―プが自分で分かった時

まじ、本気で

生きるのがめんどくさくなった。

どこまでいっても

あほな私・・・・。

あほは死ななきゃなおらない・・・


それと同時に

たまたま

その何にもなさだけを頼りに

音楽にむきあっている

我が師匠の話を聞くことができた。

(もちろん本人はそんな風に話しはしないけれど

 師匠が話してくれる

 もう二度は繰り返すことのできない

 音楽の世界に、

 何度か得も言われぬ美しい世界があり、

 そういう瞬間にむけてだけ

 すべてのエレメンツを研ぎ澄まし

 我が恩師が音楽人生を歩んできた、と知った時

 それがそういう事だ、と私は理解した)


 それとは似ても似つかない自分

 すぐに、いい気になり上から目線になる自分

 何様のつもり!!

 穴があったらそこにもぐりこんで

 隠れていたい気分だった。

 ちょ~恥ずかしい・・・・

 
 師匠のようにぶれないで生き続ける

 そんなことできるわけない。

 あわよくば、とか

 これくらいわかんないだろう、とか

 もう汚れまくっている

 何かをすることで

 それがさらけだされるなら、

 もう、どこかに消えていたい

 こんな恥ずかしい思い二度としたくない


 そう思いながら

 そう思った自分が励ます

 でもでも、

 この先に

 そんな美しい瞬間があるとしたら

 あなたも一度でいいから体験したくない?


 そんな美しい世界のために自分を研ぎ澄ませていく



 自分はそこに向けて生きれるだろうか?

 ダメに決まってる・・・

 イヤ、ココ、最後の一線ダカラ、

 ソコ、乗り越えようよ

 自分が自分に言う

 養成講座のみんなと同じく

 清水の舞台から飛び降りて

 もう、何ももってませ~んと

 私はこれが私、と思ってたものさえ

 手放す決心をした。


 何もない、なんの力もない自分


 そうおもって

 自分の息子と向き合った


 母という顔も捨て

 ただ、一緒に遊ぼうって


 その恥ずかしかった事

 息子、なのにである


 もうこわれそうだった。


 そして、そんな私を気持ち悪がり

 邪険に扱う息子を前に

 私は嬉しがっていた


 まるで、あほ、である。

 
 まるで、飼い主にかまってもらえる

 ”犬”である。


 はあ~~~~~


 それが、ワ・タ・シ・か


 なさけない・・・・


 でも、まあ、そこで生きるしかないんだなあ.....


 聖なる身体はなんの力も持たない身体


 聖なる身体・・・・

 偉そうーに書くとそんな感じ

 それは=めちゃくちゃピュアな存在

 それは=なんの力もない小さき自分

 に戻ること。

 今まで無意識に身に着けていた

 こんな自分

 あんな自分

 こんな顔

 あんな顔

 全部はぎとって、何もない自分。

 その心細さを抱えたまま

 心惹かれるものに純粋に歩む。

 
 なかなか勇気のいることだけど

 やってみたいと思う、今であります。

 
 よかったら

 あなたも一緒にやりましょう(笑)

 そうすればきっと

 世界は平和になると、思います。


 さあ、ご希望される方は

 P・M・B・ワークを受けに来てください。

 
 もちろん、覚悟は必要ですよ。







PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る。 この世界の全てのものは身体から生まれ、 あなたの身体の中に答えがある。 あなたが本当に変わりたいなら ”基礎ポジション”を変えるのです。 ”PHYSICAL METHOD FOR BEING" お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com

2016年10月27日木曜日

P.M.B.体感進化論~養成講座2期生募集にあたって~

P.M.B.体感進化論~養成講座2期生募集にあたって~


本当に変わりたいなら・・・


本当に自分が変わりたいなら

自分を知らなくてはいけないと思う


自分を知るためには

人間を知らなくてはいけないと思う。


人間を知りたいなら

身体の事を知らなくてはいけないと思う。


じゃ、知るってなあに?


知るという事は

人生が変わる事だ。


そのことを知ったことにより

全てが変わる事。


逆に言うと

そのことを知ったつもりでも

相変わらずの自分なら

それは知ったことにはならない。

ただの雑学が増えたに過ぎない。


私の身体探索は

なんというか、

もうあたりまえのごとくの

日々の時間の中で行われていて、

何も特別なことはないのだけど

今迄、気づかなかった身体の事を知る度、

ただただ、その精密さ、美しさにひれふし

日常のあらゆるもののなかに、

同じ要素がちりばめられていたことに愕然とする。


あれとそれ

それとこれは

全然別のものではなく

日常のあれやこれやの中に

当たり前のようにあったそれと同じものが

人間を作っている。


ようははどんな複雑そうに見えるものだって

ものすごく単純なアイデアから生まれていて

神さまのアイデアも

人間のアイデアも

卵が先か鶏が先か、ごとく

全く同じなのがわかる。


世界がどんどんシンプルになり

どんどん美しくなっていく


そこには、

人智学から学んだ人間観身体観と

それをもとに

私自身が発見し考察した身体のしくみ、

のあれやこれやがある。


今日は、今行われている養成講座での

講義の一部をご紹介します。


あたっていることもあるし、

あたっていないこともあると思う。


ただその時々の誠実さだけを頼りに、

歩んでいます。


が、このメソッドは

医療の現場に一筋の光を与える

視点と概念と実践を持ち合わせています。


どうか、そういう方に

このメソッドが届きますよーに・・・


このブログを読んで下さっている方に

また

お知り合いの方にそういう方がいらhしたら

ぜひご紹介してください。


命を救うこともあると思います。


では、ジャジャジャジャーン

身体探索家ミラクル結実子の体感進化論

ついに公開です。







PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る。 

この世界の全てのものは身体から生まれ、 あなたの身体の中に答えがある。 

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2016年10月26日水曜日

自分大改革!!~命令脳を自分発生脳に変えるワーク~



自分大改革!!

~命令脳を(外使い)を自分発生(内使い)にかえる~


緊急!!11月よりP.M.B.養成講座第2期生募集中


2016年4月からはじまった

P.M.B.ワークの養成講座は今

この10月で全24回の内14回をおえた。

何の資格もステージもない私が開催する養成講座の名目は

ただひとつ。


徹底的に自分を改善し、

そのことで人間というものを理解し、

人が理解できるようになる、というもの。


それは、結局どんな資格、技術を持っていても

自分がわかっているところまでしか働きかけができない。

というわたし自身の考えから来ている。


だから徹底的に自分を改善する。


もしも、自分のカラダ、考え、感情に

今、起こっている事、起こった事を理解し

自分でそこが改善できれば、

どんな人でも改善できる。


それは、あるとき

生半可なことではその本質は変わらない。

もしも私が自分で自分の音痴を改善できれば

その時、私のワークは最強のものとなり

”音痴だったこと””不器用な私こと”が

私の最大の武器となるだろう、

と予測しマイワークの構築を目指した

2011年からはじまっている。


P.M.B.が生まれたころ


そうして2015年3月

自分の人生も、自分自身のやろうとしていることにも

すべてのカードに X X X がでて

どうにもこうにも

行く場所も、いる場所さえなくし

万策尽き立ち尽くすしかなかったある日、

ふとしたことから、

脳と身体の関係を発見した。


それから、お客様にも

あう人あう人にも試してみた。


そして、その効果に確信を持った

P.M.B.ワークはそこからはじまる。


そうして1年後、養成講座を始め、今となる。


開催した当時は、

参加してくださったみなさん、

面白い、とは思いながらも

チンプンカンプンだったようだ。


それは、今、この世界にあるボデイワークや

そのほかのいろんなものと

”人間””カラダ”というものに対する考えの

根底が違っているからだ。


その違いを頭でわかっても

身体として体感し

そこが違う事が全てを変えている、ということを

自分が感じ取れるようになるまで

私が話すことを理解しワークをし

身体が変わっても

結局は、その変化が自分の根幹までおりていかない、

というループを生みだし、

チンプンカンプン、ということになっていたんだと思う。


それが、ここにきて

やっと、私とみんなの間に共通言語ができ

グイグイとワークの成果が現れ

また、

それぞれの深い課題にいきあたっている。


そうすると不思議なもので

私がお客様と行う個人セッションも

お客様がそれをのぞみさえすれば

1回目でもパシッと

その人自身の深いテーマの根源にいきあたるようになった。


人生は本当におもしろい。


ある日オセロのコマが一気にひっくり返るまで

間違いだらけの手の内で勝負しつづけるしかない。

その間違いだらけの上で、

ある一手がオセロのコマをひっくり返す。


そう思えば、

間違い続けること、失敗しつずけることも

また楽しく、

そのために、何度でも失敗しに行く。


もちろん、本人は失敗しに行く、なんて思ってもなく

いつもいつも、これこそは、という最後の一手での勝負だ。


だからこそ、失敗ができ、間違っていることがわかる。


いつでも、マジ、本気。

そんな面白い事はない


P.M.B.養成講座2期生募集について


話しがそれてしまったけれど

それらが高じて

11月より養成講座第2期を開催することになった。

⋆養成講座についてくわしくはこちらをどうぞ


今回は、参加希望の方の都合に合わせの開催、

となっているので

開催予定のパタ―ンは3つ。

募集人数は各パターン5名。


この養成講座は先にもお伝えしたように

深く自分自身を改善する、ということから

すべてがはじまる、

というものだから1クラスで、私が見れる人数が5名まで。

開催は3名以上参加で決定、と考えている。


開催予定パターン3つのうち1つは確定し

2つは他の参加希望者まちだ。


開催決定speedクラス

場所 葉山 P.M.B.laboratoryにて

開催期間は 11月~3月

受講してくださる方の希望で

11月7日より、 月、火 全日

12月       月、火 *現在調整中 でトータル12回を消化し

1~3月 現在開催している 月2回 土日のいずれか 中野クラス

      又は水曜葉山クラス、と合流する予定


参加者まちの通常クラス


ゆっくり確実に、という形で

他の参加者をまちながら開催を待っている方が2名。


1名は、大宮開催を希望

1名は 葉山開催だが、月2~3回ペースの開催を希望



・もしも、今現在カラダ、ココロ、メンタルに関わる仕事にたずさわり

 何か、確信に至る何かを求めていらっしゃる方

・仕事としてかどうかまだ決心はつかないけれどとにかく自分を変えたい方

・身体について、人間について深く学びたい、と思ってらっしゃる方


興味があればお問い合わ先からお問い合わせください。


さあ、そこで、

ジャ、ジャジャジャジャ~ン

養成講座の、

しかも飛び切りの秘密が隠された動画をアップします。


自分発生脳(内使い)と命令脳(外使い)


まずこの違いを明確に分けた人

そしてワークとして構築した人は

私がはじめて?ではないでしょうか?



それがわかった時

その方は

違う次元にいったみたい・・・

といいました。


そう、

何をしたい・・・

どこに行きたい・・・

何かを変えたい・・・


あなたが変えたいのは

まさしく、

違う次元にいくことだったのではありませんか?


P.M.B.ワークは

何も使わず

どこにもいかず

ただの体操で

自分で

これができるようになりました。


これができれば あらゆる病い(もちろん例外はありますが)は 改善できるはず。 そんなものより核心に至るワークは他にない

と、おもっています
すごい!!(笑)

自画自賛(笑)です。


では、

音声が悪い事、雑音がはいっていることは

お許しいただいて

どうぞ、その動画をご覧ください。







PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る。 

この世界の全てのものは身体から生まれ、あなたの身体の中に答えがある。


あなたが本当に変わりたいなら”基礎ポジション”を変えるのです。


”PHYSICAL METHOD FOR BEING" 

 お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com

2016年10月24日月曜日

自分を消し続けたYさんのセッションから~P.M.B.その他のワークと何が違うの

自分を消し続けたYさんのセッションから

  ~P.M.B.その他のワークと何が違うの~




ずっと自分を消していたIさん

昨日のセッションは、

長年この仕事にたずさわった中でも、

自分でも感動するミラクルセッションだった。


9歳、自分というものがこの世界に生まれるその時期から

20年以上、その方は(以降 Yさん )は、

見事に自分を消してきた。


約1年近く前、

はじめて Yさん にお会いした時の印象を

私は今でも忘れない。


とあるWSに、

遠路はるばる参加してくださったYさん


そこにいたのは

顔色のない平面な顔

三角形になり一点をまっすぐ見る目。

足はあるのかないのか

かろうじて地面についてはいるものの

はるか星のかなたに消えてしまいそうなYさんだった。


アニメ、でもなく

漫画、でもなく

4コママンガの登場人物が

まさしくそこにいて

今にも消えて・・・消えて・・・消えて・・・

しまいそうだった。。


大丈夫だろうか・・・

WSでできることは、さすがに限界がある。

”ワークが必要なら、いつでも連絡ちょうだい”


その後一度、どうですか?

”なんとかやってます”

とやりとりしたが、

私とて仕事をしてやっている以上

それ以上踏み込めない


Yさんの事は気になりながらも

一年がたった。

それがPC関係が苦手な私が

このブログやHPのつくりなおしのあれこれに

悪戦苦闘していて、

さすがに、もう無理、できない、

とあらゆる友人や、知り合い、ネット検索で

現状打破しようとしたのだけど

全部うまくいかなくて四面楚歌の中

思い出したのが、 Yさん だった。

”そうだプログラマーって言ってた”


さっそく Yさん と連絡を取り

すぐに会うことになった。


そうして今回のワークとなる。


”どうしてこのワークを受けたいと思ったの?”

そこから、

”ワークを受けてどうなりたいの?”と聞く私。


そう最近の私は

”ワークを受けてどうなりたいか”を

お客様と私の間ではっきりさせることにしている。


OOOが痛い

OOOがつらい

OOOをなんとかしたい


それらは、つきつめれば結局

その人がこの世界をどう思っているか、

から生まれていて

本当にそこを改善するしか変わりようもなく

また、そこを変えるために、

そういうことが起こってくるのだと思うのだけど、

そこまで深く自分を見たくない、という人もいる

という事を知ったのはここ最近。

だから、そこをはっきりさせておかないと

ワークのしようがない。

それ以降、お客様の意向を聞き

その人の願いに適ったワークをするよう心掛けている。



Yさん は、

”恥ずかしくない自分になりたい”と言った


”恥ずかしくないってどういうこと?”

”う~ん、例えば、私はあんまりスカートはかないんですけど、

 スカートはいて人ゴミの中にいても恥ずかしくないような自分、っていうか

 スカートはいても、みんなの中に消えてられる自分になりたい、っていうか・・・”

????

”スカートがはきたいんじゃなくて

 スカートはいて消えていたいの?”

”そのために、ここにきたの?”


そこから、あれこれ話を聞いていくと

Yさんの中には

Yさんにとって

いくつも”消えていよう”と決心した

決定的な出来事があり、

とにかく今迄

徹底的に自分を消していたのだけど、

さすがにここにきて、

年齢とともにその技も通用しなくなたのを察して

これは”まずい”

”どの手の内も通用しない”

”新しい技もおもいつかない”

でも今のままなら、かえって目立ち始めてしまった。


だからここに来た、


ここにきて、とりあえず普通の人っぽくなって

できれば普通の人の中で消えていたい、

というのが、

今の自分の願い・・・というのだ。


もちろん顕在意識での願い、だとしても

Yさんの人生の遍歴、今のYさんを見ると

それが”本気”なことがわかる。


だって、自分というものが芽生え始めた9歳

Yちゃんは”みんなと違う”といわれた、あの日から


14歳、自分がすべてのあの頃、

自分を慕ってくれる友達の腕を

汚いもののように振り払った、あの日から


Yさん は、絶対に人の目を引かない服を着

人から話しかけられないために

”私はバカです”オーラを出し続け

それでも人が近づこうものなら

徹底的に”自分に話しかけないで”と

拒絶オーラを発し続け

それでも

自分の将来を考える時

こんな自分でも人の役に立てれるよう、と

人とかかわらず

それでもできる仕事を、と

コンピューターのプログラムを勉強し就職した

ところが

いざ社会に出ると

人とかかわらないわけにはいかない、

という事実に愕然とし

できる限りそこを回避し、

責任を負わないために

”なにもわかりませ~ん

 教えてくださ~い”

ポジションで

なんとか生き延びてきた、という。


なんとうかしこさ



なんという強靭な意志


そして今、

この年齢になって

さすがに

”あたしはなにもできませ~ん”では

存在できないと察し、

かといって

”できます”と能力で存在する気にも

ぜんぜんなれず

もう”消えていくすべ”をなくして

四面楚歌の状態で

ここにきたのである。


なんという勘の良さ(笑)


けれどその動機では

私のワークははいっていかないだろう、

と、これは私の勘。


自分と自分、自我と自分を分ける事


そこで私はIさんに言った。

まず Yさんに必要なことは

自分と”OO Y子”をわけること。

スピリチュアルなことをたくさん学ばれてきたあなたならわかると思うけど

今の自分は、何度も生まれ変わる魂の一時の姿でしかないよね。

だからもう一度、

ここでちゃんと

自分と今の自分、自我と”OO Y子”をわけて考えるようにして

そして

ちょっと”OO Y子”をみてみよう。

あなたは”OO Y子”を見てどう思う?


クライ

疲れてる

はなしかけてもつまんないだろうなあ

拒絶オーラを出している

とうとう

とにかく、そんな感じのコメントばかり


じゃ、これは

あなた=自我というものが

OO Y子を、そうやってみてる

つまり

あなた=自我というものが

OO Y子ヲ、そういう風に扱っている、って

ことなんだけど、

誰かが誰かをそういう風に扱っているのをみたら

あなたはどう思う?


?????

言葉に詰まり万事休す、の Yさん

しばらくして

ここまでの話も

何度も、言いにくそうに、

言いよどみやってきた、が

マックス言いにくそうに

”あの~、かなりヒンシュクをかって

 あきれられるかもしれないんですけど・・・”

”いいよ、何でも言って”

”あ・・・はい・・・あの~

 別にいいじゃん・・・

 別にいいじゃん、って思います”

上等じゃないの

私は笑った


”そうだよね~

 じゃなきゃ、やらないよね”


”え~・・・そうなんですか・・・これ言ってよかったんですか・・・”


”いいよ、いいよ、あたりまえじゃん

 というより、

 上等じゃない。

 ここまでやっといて、

 それくらい言ってくれないと困るもん。

 変に頭ばっかりSpiritualになって

 反省されたら、
 
 もうやりようがないもの(笑)


P.M..B.ワークの特徴 1.

明確にカラダに指示を出してあげる事


長くはなったが、

ここまでがSpiritualの世界で、

今はやりの OOOさんの”だから、なにが~~!!”

のやっていることだと思う。


でも、それじゃそ根本、魂本は解決しない、

と私は思ってる


それは否定し続けた自分を肯定する、というだけの話しだ。

もしも本当に自分を変えたいなら

その先が必要だ。


Yさんは、本当に現実的で素直な人で

まさしくそこをあらわしてくれる。

ようは、身体はその次にどうしたらいいか、がないと

動きようがないのだ。


”だから、何が~”と開き直ったところで

次の自分が選ぶものが

前の考えの延長線のものなら

その人はずっと

”だから、何があ~”と言い続けなくてはならない。


少なくとも私はそんな人生を歩みたくはない。


身体からの視点でいえば

どうしたらいいか、を

わかりやすく簡単に身体指示してあげないと

身体は動きようもない。


身体的な視点から、そこを明確に指示してあげる。

それがP.M.B.メソッドの特徴だ


Yさんの反応はとてもただしいのだ。


だから私は聞いた。

 ”でも、でもね

 
  これは全部自分のためにやってるんじゃない

  誰かに向かってやってることでしょ

  ようは、ずっとふてくされてきた、

  ふてくされてきたんだよね。”


 コクッとうなずく I さん

 
 ”でも、年齢とともに

  ふてくされてもいなくなって

  なのに、

  他の立ち方が思いつきもしなければ

  思いつくものどれもやりたくない

  コレハ、マジ、ヤバイ と

  ここにきたんでしょない?。”


I さん 困りながら 笑いながら

 ”そうです”
 

 ”さあ、そこで、もう一度

  本当に本当に このままでいいの?

  消えるためにワークする?”


 ”う~ん、う~ん・・・・

  それはいやなんですけど・・・

  う~ん、う~ん・・・”


わからないところからはじめよう


”そうだよね、答えられないよね

 だって、そんな事思ったこともないもんね

 だから、そこがわからない、ってとこから

 ワークしない?

 違うやり方がみつからない、わからない、ってとこから・・・


 ねえ、知ってた?

 I さん の手ってすごいきれいなんだよ”

 
ほんとに I さん の手は、ものすごくきれいなの


”まずは、自分をちゃんとみてあげようよ”


”それは、知ってましたけど。。。

 
 あの・・・こうやって話してると思いだしたんだけど、

 あの・・・人の役に立ちないな、って

 こんな自分でも、できることないかな、って

 高校卒業する時に・・・考えて

 ほんとはゲームしたかったけど・・・

 ゲームを考える力は自分いはないなって・・・

 プログラミングの仕事選んだんです・・・

 これなら人とかかわらなくたっていいな、って・・・

 でも実際会社に入ると

 やっぱり、人と話さなきゃいけないじゃん、って・・・

 上司もそうだし、お客さんもそうだし・・・”


 そこで、私は

 人と話すのが苦手なら苦手なりの存在の仕方があり

 一見、人と話ができる人が得するように思うけど

 人生は長く、実際はそうでもないこと

 ようは自分にできないことを無理して変えるのではなく

 自分には自分にあったやり方があり

 それをみつければいいこと、を伝え、


 自分は魂の今世の洋服みたいなもの



 ”Yさん は、まだ赤ちゃんみたいな気がする

 今迄の人生で一度も自分をだしたことがないから

 何を出したいかも出し方もわかっていない

 だけど、今のままじゃ身体が苦しいでしょ。

 だから、OO Y子 を、もっと居心地のいい服にしてあげて

 自分が居やすいように、

 まずはそこからやろう”


"自分を居心地のいい服にする・・・

 そんな事思ったことも考えたこともなかったなあ・・・・”

と驚きを隠せずいうYさん。

 

そしてワークに取り掛かった。


P.M..B.ワークの特徴2

だからポジションでが大事なんです。


まずは、P.M.B.の3つの基礎ポジションのうちの一つ目から・・・

そして呼吸に入る。


いい感じ

Yさんが言う

”あの~どうしても頭がしゃべります

 そこにいっていいのか、って”

う~といいながら、必死のコメントである。


そう基礎ポジションのうちの一つ目で、

今まで、ここにいること、

カラダにはいる事を拒否して

またはいつのまにか

”頭”しか使わず”

”頭”の中にしかいなかった

自分というものが身体の中に入る。


ここで、たいていの人は

その気持ちよさ、呼吸の大きさに驚き

どんどんリラックス=深い呼吸にむかう


ところがあまりにも”頭”にしかいなかった Yさん の脳は

そんなところにいっていいのか、

と拒否しているというのだ。


でもYさんの顔を見ていると、それも仕方ない、と思う。

その位置で”脳”を使っていたら

そうなるだろうな


そこでP.M.B.の基礎ポジション2 ”脳を下げるワーク”にとりかかる。

Yさんの場合は眼球からいったほうがいい、私は判断した。


眼球はまさしく脳の状態を表している。

だから、Yさんに 

明確にどうやって眼球の位置をかえるか、を伝える。

眼球の位置が変われば脳の使い方が変わってしまう。


身体探索家ミラクル結実子が発明したミラクル発明がここにある。

あっという間に、

眼球の位置(その他の位置も同じです)を変えてしまえる事

そのことによって、

脳の使い方が変わってしまう事をわかった事である。


すると Yさんがいった。

〝そんなとこに行っていいのか、と脳がいってます!!!!

 ま、ま、まずい、と そこはまずい!!と言ってます


Yさんは、ほんとうにユニークだ。


”丁寧に、ゆっくり、大丈夫だよって・・・”


そして脳はおしゃべりが大好きな事

それをやめるための更なるやり方を伝える。


ここから脳の必死の抵抗がはじまる。

私にはそれがわかる。

もう必死なんだから。


それは、なんていうか

ま、ここ、同じ場所、同じカラダ、同じことでも

ポジションをかえるということは

それほど自分とつながっていることで

そこを変えられるという事は

自分じゃなくなるくらい

怖く、世界が変わってしまう事だ、という


まさしく基礎ポジションの大事さを教えてくれている。



それでも抵抗がおさまらない、

というか

脳がそんな状態で

もうどうしていいかわからなくなっている身体に

今までと違う場所=今までと違う世界=今までと違う考え方を

受け入れてもらうための

必殺ワークをする。


これはほんとに必殺で

みんなが笑う。

笑うけれど、

あっという間に

そうなる。


ミラクル結実子の必殺ワーク


それは、ミラクル結実子の”必殺秘儀”のひとつなので

ここでは書かないが


あらゆる思考は、自分の中にあるのではなく

見えないこの空間中にちらばっていて

セッション前のYさん
人が何かを考えている時のほとんどは、

その思考を自分の中に取り込んでいるにすぎない。

という、ミラクル結実子自身が

自身の身体探索をしながら導いた考え方がある。


そして大抵、私たちの身の丈あたり

人間界の高さあたりに散らばっている思考は

人間が作ったもので、

重たく狭く、軽やかで心地よくはない

だから、新しい自分にとって

心地いい思考を取り入れるためには

その私たちのまわりにある。

または自分にとってなじみ深い思考に

負けてはいけない。
脳が下がり集中しはじめたYさん


ここが大事だ。


ここに戦いがある。

奴らは強く、手ごわいのだ。


だから、私達人間にとって大事な戦いは

唯一自分が、この手ごわい重たい思考を打ち破り、

自分にとって心地いい思考しかほしくない、

という、強い気持ちをもつことなのだ。

(と、私は思っているのです)


そして Yさんは

まさしく脳のおしゃべりに打ち勝ち



自分に集中し始めた。
こんなにかわいい表情、目がお披露目できないのが残念


途端にYさんの表情がかわっていく



なんという美しさ・・・

なんというかわいらしさ・・・ 


それはまるで

あまりにも

自分と違うものの中にいたことで

小さいながらも

必死で自分の身を隠し

誰からも気づかれないよう

殻に閉じこもった

親指姫だった。


私は、実際の親指姫をみたことはないけれど、

なぜか親指姫だ、と思ってしまったのです


Yさんのこと

親指姫のように

無垢でかわいく、きれい・・・って



ここまでお伝えしたら伝わっただろうか。


これが、基礎ポジションの大切さ、を伝え続けるP.M.B.ワークが

その他のものと全く違う理由なのである。


もしも今までのポジションで

Yさんが瞑想していたら、

Yさんの脳はしゃべり続けただろう。

どんなに良い瞑想法でも、

いつかYさんは、やめてしまうだろう。

その他のものにしたって同じことだ。


それを乗り越えて

何かをTRYし続けることがどんなに難しいか


きっと、この長い長いブログを読んで下さっている皆さんも

覚えがあるんじゃないかな



カラダにいい、

ココロにいい

メンタルにいい

でも続かないって・・・


そして3日坊主の自分を責める、みたいなループが



それは基礎ポジションの問題なのです。



そして、そこまで伝えてくれない指導者、

に問題があるのかもしれないし、


現代という社会に生きる私たちが

あまりにも”頭”や”思考”型になっているにもかかわらず

それに対応する、何か、が生み出されていない

事に原因しているのかもしれない。



私のところに来た多くの人が

もうすでに、

私より、たくさんたくさん

お金を使い

時間を使い

その素晴らしさを

認知されているボデイワーク、スピリチュアルなもの

または自己啓発系のものをやってこられている。


でも、P.M.B.の

この基礎ポジションの一つ目で

みなさん言うのです・


”こんなに深く呼吸したのははじめてです”


3つ目まで行くと、必ず言うのです


”しあわせ~”って

”お母さんのお腹の中にいるみたい・・・”って


もちろん私は何もしてないし

何も使ってません。


そしてこの3つは

全部ただの呼吸です。


けれどその呼吸だけで

完璧ではないけれど

ある程度

腰の痛みが取れ

肩の痛みがなくなり。。。

してしまうのです。

P.M..B.ワークが明らかにしたこと



そこで一番最初にアップした絵になります。



この絵は私がマイワークするたびに

浮かんでしまう身体の絵です。


身体のすべての部分にこれがあり、

これが球体になって居ます。

そして全てに、このような層があります。


何をしても、

どの問題でも、

この中心からはじまり

この中心に帰ります。


けれども、今この世界にあるものは、またはこれを受け取る私たちにかけているのは

この中心です。


また、この図のどこに自分の中心をおいているかでも

今起こっていることのほとんどが説明が付きます。


このブログを読んで下さっている方ならご存知かと思いますが、私がかかわらせていただいている

パーキンソン病の方は、この図の一番外側の層に自分の中心をおいてしまいました。

だから脳の使い方もそうなっています。それは前頭葉の、その方ならば左斜め上側です。

ここがおもに何をつかさどる脳の場所なのかは、専門家の方にお任せしたとしても

きっとその方の症状と対応している、と私は予測しています。


今日のブログYさんなら、一番外側のラインの上部真ん中8分の1ぐらいの円周あたりではないかと

思います。


どちらにしても、そんな場所に中心を置いたまま、何かをやっても、その中のはなしで終り

存在さえしなくなっている中心にたどりつくのは容易ではありません。


例えば食事療法やマロマは、中心の次の層の話し、だと私は受け止めています。


長くなってしまうので、この図の詳しい説明はまたの機会にするとして

P・M・B・メソッドは、身体を通して、ダイレクトにこの中心に働きかけることだけを

明確に意図しておこなわれます。


だからこそ、この世界でただひとつ、

この世界と自分とのかかわりに焦点を当てたボデイワークなのです。


だって、人間である以上

中心はいつもこの世界とのかかわりにおいて動かされるからです。


長文読んでくださってありがとう。


P・M・B・養成講座第2期生

11月12月 月、火 (計 10~12回) 2017年1~3月 (月2回土、日のいずれか TOTAL 全21日)

開催決定しました。

残席3名。

興味のある方はお問い合わせください。


PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る。 

この世界の全てのものは身体から生まれ、 あなたの身体の中に答えがある。 

あなたが本当に変わりたいなら ”基礎ポジション”を変えるのです。 


”PHYSICAL METHOD FOR BEING" 

お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com




























2016年10月21日金曜日

ただ一点、そこが違うと全ては無駄なの~大宮WSより

ただ一点、そこが違うと全ては無駄なの~大宮WSより

10月20日、まだ小さいお子さんがいらっしゃる中

大宮WSに参加してくださったみなさんありがとうございます。

今日は、自分のためにもそのまとめを・・・


それぞれの課題

参加者は3名。


一人は、カラダも心も全てバランスがとれ、

この世界にたいし、心もカラダも開いている

なのになぜか、強烈に私のワークに惹かれているTさん


一人は、もっと自由になりたい、という願いは持ちながらも

無意識に。人前で何かをやるなんて大の苦手だし、みられたくもない、

もしもみられるくらいなら、なかったことにしてやるぐらい強く思っていて

何かをやろうとするとあちこちが硬くなり、

何より、一瞬にして目を伏せ、見られている身体になり

見られているからこそ、(誰もそこにいないのに、だ)

考えながらちびちび身体を動かすようになるNさん


前回、Nさんに初めておあいした時は、

普通に暮らしてはいるものの

自分なんかみたくもなくて

だけど、こんなままじゃ何かがへんで

もうどうしていいかわからず

ココロも身体も、泣きだしそうになっていた。

(すべて私の受け止め方です)


そのNさんの身体と心に元気があふれ

良かった、と思う私。


もう一人は、

ご自身もセラピスト、ダンサーとして活躍し

どこに行ってもそれなりの存在感と存在場所をつくりだし

たくさんのファンもいる、

けれど、どこか深いところで自分に納得しきれていなくって

その納得の無さを、思考を使い必死で解明しようとしている。

身体的には、実は様々なコンプレックスを抱え持っていながら、

私の事、私のワークのことをとても信頼してくれて

思考より、カラダだ、と、現状を打ち破ろうとしているのだけれど、

私の感じでは、全てはニアミスでその本質になかなかいかないAさん。


そのAさんの状態を

私のように、”問題”がある、と認識する人はほとんどいないと思う。


自分の意志はちゃんともってる

身体的にも少々の硬いところはあっても

しなやかに美しく踊る、どころか

人によってはうっとりするくらい美しく踊られる


でも、音痴だ。


致命的に音とリズムがとれない。


その音痴も、

無邪気なこどもが根源的に音を間違い

でも大声で元気よく歌う、という音痴ではなく

声がどこにも響いていない

つまり

自分の世界とこの世界に断絶があり

ココロも身体も自分の世界にこもってまま

この世界とずれている事が”音痴”という形であらわれている。


自分が”音痴”だった私は

それがどんな状態かよくわかる。


わかるからこそ


彼女がどんなに人々に認められ素敵で

自信にあふれ、この世界を肯定していても

その最後の一点で、

彼女がこの世界を怖がり、

その自分をどうしていいかわからず

彼女の本質が、この世界に受肉していないのがわかる。



誤解なきよう、音痴だからそうだ、というのではない

あくまでも彼女の場合であり、

私の場合、そうだった、という話だ。



そこには”誰だって苦手なことあるよね”ではすまされない

大事な大事な彼女の課題が潜んでいる。


だから、2年前のある日ワークしてみよう、となった。

でもなかなか変わらない。

そして今、となる。


そう、想像していたより

彼女の”それ”は

彼女のずっとずっと深い深いものを

表している。


私のワークとてそういうこともある。


そういうところに触れているワークだからこそ

そこを”なし”にして何も語れない。


だから、受けに来なくなる人もある。

もちろん、はなから、伝わらず受けに来なくなる人もいるけど(笑)

そこは触れたくない、と受けに来なくなる、

どころか拒絶する人もいる。



頭蓋骨...上と下は全く違う役割なのです。


そんなバラバラの課題をもつ三人の方と進めていくワーク


今回は頭蓋骨の中、

蝶形骨から上と下は

誰もが同じ頭蓋骨の一部、として捉えているけれど

その役割が全く違う事と

分けて感じることが大事なこと

ぞの時、脳のポジションをどこにおくのか、をお伝えする。


この脳のポジションを変えるのが、なかなか難しい。

みんなどうしても

考えてしまう場所にいたがる。


いち早くぬけだしたのはTさん。

そこからTさんには、

もっと自分の可能性を広げるべく

身体を立体的にとらえること

プラスしたい感覚を伝えていく。


それは人生の話なのです


実は。これは身体だけの話ではなく

A地点からB地点、

そこにいくことが大事ではなく

どうやってくのか

B地点につくまで

どんなことが起こり

何を感じ

どんな景色があり

どんな感じがするのか

それが”生きる”ということではないか

という人生の話しであり、

ワークを通して

そういうことを感じられる

身体に変容していただいている。


この一瞬で全てが変わる


何かをしようとする瞬間、

見事に自分を閉ざし、ここにいなくなるNさん

何かをしようとしたとき

マックス前頭葉から発信するNさんには

ほんとにがんばって、とワークをした。


ここが踏ん張り時、

この一瞬、目を閉じないで

負けないで

こらえて、


体験した方ならきっとわかるけれど

その一瞬、

ずっとずっと人前で何かをする瞬間

恥ずかしさで目を閉じていた人が

目を開けていることは

ものすごくエネルギーを必要とし

居ても立っても居られないくらい怖くって

勇気のいること。


でもそれができれば

全てが変わる。


それをやらずして

ヨガをやっても

歌をやっても

または、そんな自分をなかったことにして

自己啓発をやっても

全く意味がない。


ただ、その一瞬

それができれば世界は変わる。


身体、意識の手ごわさ



そしてNさんは、がんばってそれをやった。

それから見事に

身体が凍り付いた。


そう、頑張って目は伏せなかったけど

これはもう、死んだふりしかない、

と、全身が凍り付いた。


ね、おもしろいでしょ。


身体ってかしこいんだから。

その人の持っている意識に従って

ありとあらゆることを思いつき

一瞬にしてそれができるんだから(笑)


そして見事にNさんの身体は

ここにいることを

全面拒否した。


だから、またまた私は声掛けした。


大丈夫、怖くないから!!


そうしてNさんに

今、無意識に身体に何が起こっているか、を説明し

そうならないためのワークをし、

最後の最後、

脳が、ここが最後の砦、とばかりに

身体に降りることを拒み

前頭葉にはりつこうとするのを

”もう~~~~~~もう~~~

 こんなのいらないよ~~~~


 きみは、ここ、ここ

 私はここ、ここにいるの!!!!”

と私が叫び(笑)

続いて

みんなでやろう!!と、

みんなで

””もう~~~~~~もう~~~

 こんなのいらないよ~~~~


 きみは、ここ、ここ

 私はここ、にいるの!!!!”

と叫び。

まじめにTRYした。


真面目に大爆笑である。


Nさんも大爆笑して・・・

その瞬間

Nさんの意識が身体に戻った。

すかさず、

”そこ、そこ、そこでいいの

 そのままやってみて”

と、Nさんは見事

自分の壁を乗り越えたのであります


ね、笑うってすごい大事なの

でね、出来てみたら

なんてことない当たり前のこと

普通のことなのに

何かがこんがらかって

Nさんの場合は

人前で、何かをやろう、ってするときに

そうできなくなっていたの


その後の、Nさんは

多分人生で初めて、というくらい

自分の身体そのものと出会い

とてもピュアで美しい動きをしていらっしゃいました。


そしてAさん

Aさんは一見できているようにもみえる

けれど、何かが違う


人が何かをするとき

必ず、それを指令している場所がある。

その場所を”自我の居場所”と

私は言っている。

Aさんの場合、

その自我の居場所は

前頭葉ではない。

ないけれど、

思考の中にいるのがわかる。


どうしてわかるか、というと

指令する自我

指令される身体があるとしたら、

指令のほうが強く

それに身体の方が

ついていっている感じで

身体主導ではない。


だから、

微妙に感情が大きい。


身体から生まれた感情ではないから

なんだか微妙に大きいし、

なんというか、

何かが”生きていない”のがわかる


私はそこを見逃さない

だって、このワークは自分と身体をつなげるためにあって

上手に動くためにあるのではない。


でもなかなか変わらない


そういう時は声を出すと

もっと、何が起こっているかわかる。


やはりAさんの声は

どこにも届かない。


だから、声を飛ばすワークをした。


補足すると

”声”を出すのも運動だ・

運動の結果”声”がでる。

そして、その声に

その人の内側の状態全てが現れる。


だから、P,M,B,のワークでは

”声”を使う。

それは発声練習なんかではない

”命”の宿る声を出す。

だって、

人は何かがあるから声を出す

まずは相手がありき、目的、命ありきだ。


発生練習のための声なんかだしたら、

そのとたん

そもそもの動機がなくなり

”声”は命を失う。


なのにまじめなAさんは

無意識に”声”の訓練だと思い

まじめに”声”を出し続け

全部外れる。


この方程式がわかるかな・・・

声はその人の内側の全てを表す、


人は声を”訓練”や”練習”のために

出すものではない


だから、その人が声のことを

”訓練”・・・いい声を出そう、とか

     .・・・大きい声を出そう、とか

そう思っていると

そういう声が出るだけで

その声はどこにも届かない。


ここでも

何かが当たり前の簡単なことを

何かがおかしくし

ますます混乱させている。


だからといって、

発声練習、その物を否定しているわけではなく

いい発声練習?というのかな

とにかく、

歌でもなんでも

いいトレーニングの仕方があり

P.M.B.では、

それをとても大切に扱う



こうやって書いていると

なんだかだんだんAさんの事が

見えてくる気がする。


Aさんは一見

クールで

言いたいことを言い

自由な雰囲気が似会う


でもAさんは

その見た目とは裏腹に

ものすごくまじめでピュアでやさしい


きっと、どこかでAさんは

そのクールで辛辣なことを思う自分を

全否定するような体験を

外から与えられ、

仲間に入れてもらえなかったんじゃないかな・・・

そしてAさんにとって、

それがAさんの世界観となり

この世界で生き残るには

何か、今の自分じゃないものを

獲得しなければいけない

=努力しなければいけない、って

思い込んでいるんじゃないだろうか・・・

(勝手な私の妄想ですが・・・)



とにかく、

何度もやったり、

違うやり方をしたり、

やっぱり最後は

”もう~~~~”

 作戦で

”いくよ~

 投げるよ~”と

声をほおり投げ、

その後ろに響くのが邪魔、

とか、

その自意識が邪魔、

とか、

いろいろいろやって、

やっと

それ!!というのができ、

皆でやった~~~!!となった。


なったけれど、

次のワークではまたもとにもどてしまい

1回できたら

きっとまたできる、でも何が違うのか

なんでもとにもどったか

自分で考えてね。

と、WSは終わりとなった。


終ってから

Aさんは、まだまだだけど

ちょっとずつ近づいている気がする、といった。


私は、ちょっとずつはない、

できた時はできた、

できない時はできない

それはできた、できない、の話しではなく

”世界”そのものが違ってしまうことなんだ、と

伝わらないだろうな。。。と思いながら話していた。


それは自転車に乗れた時、と一緒で

乗れない時は一生乗れないし

乗れた時には、

どこに行くにも自転車が登場して

その後の人生そのものを変えてしまう。


だからと言って

自転車ごときなら、乗れなくてもいいわ、

という人生もあり、

そこには何の問題もない

問題となる時は

乗りたいのに乗れない時、で

そういう時、人の心は様々な事をし始める。

自転車ってめんどくさいのよね、とか

あぶないでしょ、とか

あたしは自転車に乗るような人間ではなく

リムジンで迎えられるべき選ばれた人なの、とか


単純に乗りたいけど乗れない、ということを

素直に認めればいいだけなのに、

面白いことに

人は”自分”ができない、ということを

なかなか認められない。


そこにはそこで

またまた深い人間のいろんな作業が働いていて

とにかく、それでも乗りたいなら、

乗れるようになるしか解決策はない

Aさんもそこはわかっていて

さまざまTRYするのだけど、

根本的な何かがずれていて

なかなかうまくいかない。



そのズレは何だろうか・・・

Aさんの何が、それを阻むんだろいう・・・

それ、というのは、

音痴ということでもあり、

カラダ事、この世界で生きる、ということだ



とにかく今日わかったことは

何かをやろうとするときのAさんは

やっている自分をみているだけで

今、という瞬間や、この世界をみていない、


つまり、意識の居場所が

今、ここ、この世界と共にある自分、ではなく

ちゃんとできてるかどうか、を確かめている自分

それをやっている自分、というふうに

自分しか見ていないことにある。


そこに気づいた私は

今、Aさんに起こっていることを説明しながら

ちょっと、あそこにをみてみて

何が見える?

というワークに取り掛かった。


その瞬間

ほんの一瞬、

今までみたことのないAさんが現れた

あごをすこしあげ斜め45度、

斜に構え”何?”って感じで

何かをみようとしたAさん


そこを私は見逃さなかった


その表情、しぐさはあっという間に消え

真摯に、真面目にワークびTRYするAさん


”窓が見える”

”どんな窓?”

”光が当たって・・・”

”あそこは?”


そうやっていくと、

しばらくやっていくと

私の中に???がでてきた。


なんとなく一番最初に目に飛び込んでくるものではない感じ


そこで聞いてみた


それを見てどんな感じがするの?


光がいっぱいの場所にいるんだな、って感じがする。


????


掃除はしてあっても

使い古され、きばんだクロスに囲まれた

公民館の一室である。

とても光がいっぱいある、とは思えない。


現実を擦り変えてる

ちゃんと見ていないのでは?

という疑問が私に起こる


”じゃ、さらにそれをひっくり返して

 本当の自分はどう思てるの?”


目がぱちくりのAさんは


そう、そんな技は私には通用しない。

無意識の自分の手の内を見破られて

万事きゅうすのAさん。


頭のいいAさんは、

そうやって全てをすりぬけてきたのだ。


しばらく考えて、小さく

”ここにいたくない感じ”と答えた


”ね”と私は言った


”ここにいたくない”は

その次の言葉で

その前のもっと”ここにいたくない”という

言葉を生み出す何かがあるでしょ。


そこをすっとばして

その次の言葉を選んでいる

自分でわかるでしょう

コンマ一秒、

脳を使ってる・・・

身体についても

同じことが起こってる


だから、

すべてがややこしくなる

自分がわからなくなるんだよ


これはとても大事なことで

今の世界にかけているのも、ここだ。


そう、今のこの世界には

このとってもシンプルな基本が

ごっそり抜け落ちているのだ。

その基本というのは

私流に言えば

人間ってなあに?

ってところで

私って何からできているの?

ってところで

何をもって

私は生きている、って言えるの

ってことだ。


その私の質問に答えられる人はめったにいない。

みんないろいろ言う、

私は言う

それはそうだ、

それもそうだ、

そうともいえる

でも、もっと一番もっと

生きてる、ことと死んでること、を

はっきりと分ける境界線はなあに?


そこをはっきりさせずして

人間は語れない

人間に取り組めない

自分の人生に取り組めない。


一番肝心なことにベールをくるみ

どんな知識をいれ

どんなことを生み出しても

それは帰るところをなくした子どものように

不安と渇望を生む。


だからこそ

私たちに次のものを求めさせ、

次のものを求めても

帰るところがないのだから、

また不安にとりまかれ・・・


そんなふうに

この世界の多くのものが

私たちを迷わし、

次の混乱を生みだしているのが”現代”で

まさしく、Aさんのように

それが身体に

Aさんとは違う形ではあっても

”身体”にあらわれ、

”意識”となり、”言葉”となり

次の人生をつくっていっている。


私はあらゆるところでその事を実感する。



そこで、最初に現れたAさんについて

Aさんに説明し

もう一回、その身体になってもらった


”その身体から、どんな言葉が出てくる?”


私も、その身体になってみた。


そんなふうに、

実は言葉や考えは、

その身体から生まれる。


そんな事思ってなくても

その身体になれば

想いや考えは

その身体についていき、

それ以外の言葉や考えがうかばない


そこを逆手に取ったのが

P.M.B.ワークの根幹にある。


Aさんは言った

”いらない”


私は言った

このカラダからそんな言葉はでてこない

この身体からでてくるのは

”は?”・・・なに言ってんの、の”は?”とか

”やってらんないわ”とかだ


そう、カラダは正直だ。

だから、誰が何と言っても

その身体からそんな言葉は出てこないのだ


この間、そばにいてずっと、

この話を聞いてくれていたTさんにも

”Tさんも、このカラダやってみて。

 どんな言葉がでてくる?”と聞いた

”ばっかじゃない…そう言う言葉が出てくる”とTさん

 
そうだよね、そんな言葉しか出てこないよね

少なくとも”いらない”じゃないよね、と私。


そうして、いつもいつも

そのコンマ一瞬、

Aさんが脳を使い

自分の感じている事、

思っていること、

今、起こっている事

この現実を

自分流に変換していること、

それはものすごく疲れるし

そうしている限り

自分の中からの発想は掴み取れない、

ことを伝えた。


だって、脳がわかっていることは

もうすでにわかっていることで

そこにそぐわない何か

自分の中の”うずき”のようなものが

Aさんを、

私のワークに

またはダンスに

またはAさん自身の活動にむかわせているのに

一度、脳をとおしてしまうと

自分が許す範囲

わかる範囲のものしかでてこない。


何より、

音楽はできない。

コンマ一秒ずれていく


そう、だから、

音楽をする事はとても大事なのです。


そんな話をしながら、

しばらくたって

Aさんがポツといった


”うそつき”って思ってる。

あの身体にあったのは

”うそつき”って言葉だ、って


そこから

幼少期から抱えていた

母親への想い

感じたまましゃべることより

考えて答えることを優先させられた

家庭環境の話をしてくれた。


それは別にAさんだけではない

小さなこどもにおこる

いろんな事のいろんな出来事にひとつ、ではあるけれど

なんてハードな体験なんだ、

と私は思う。し

ほんとにほんとにハードな体験だ。


だから、そこにたたずして

Aさんの何物も始まらない


かしこいAさんは

すぐ理解した


そうだよね

この世界を”うそつき”っておもってるんだもんね

受け入れられないし

そこにいたくなくなるよね・・・とAさん


そばにいたTさんに

つきあってくれてありがとう、って言ったら

”私もおんなじだ、ってわかった

 まるで自分のことを言われているみたいだった”

と、話してくれた。


そしてポツっと、話してくれた

私・・・


それはそれで

強烈な話だった。


そしてTさんの顔から

今迄の明るさはきえ、

とっても大人っぽく

知的で美しくなっていた。



私は私で

あ~そこだったんだな、と思った。


なんでもできてしまうTさん。

自分に対する認識も

考え方も本当によくやってこられた、と

頭が下がるぐらいしっかりしている。


だけど身体的には

先にも書いたように

まだまだ繊細になれる部分を残している

考え方も

このWSの最初に

”欲について自分は肯定している”

というTさんの発言から

確かにそうだけど

もう一歩踏み込んで

”欲”にもいろんな”欲”があり

そこを学ぶことがTさんの助けになる、

というような話しをさせていただいた。


そこでも

”欲”のはてに人間に何が起こったか、

文明がどうなったか、の

”欲”に対する基本的な考えが抜け落ちていながら

”欲”について話せない、

という私の考え方がある。


”なぜ、ことさらそれを自分が望むのか・・・

 やっぱり、そこに立たないと始まらないんだよね

 しんどくても

 自分の人生に起こった事はなかったことにできないし

 自分が本当にそこに向き合ったとき

 それが、神様の恩寵にかわるんだよね。

 その力を人間は持っていて

 それこそが、

 そのことが起こった事の意味で

 それをやるしか

 自分でやるしかないんだよね”と私


この後、私に起こった事、

この後のお客様とのセッションでおこったことは

はまた別の機会にお伝えするとして・・・

大宮WSは終わった。


深い深いWSである。


AさんもTさんも

それこそご自身で

なんとかそれを解決しようと

様々なことを学びTRYしてきた方方だ。


だからこそ、

この問題が個人の話しではなく

社会の構造の話

男性性、

女性性、

これからいきつく世界、愛、性、の話に

つながっていき

また個人の話しに帰っていくのは

すぐわかった。


私とて同じだ。

私とて、ここでは書かないけれど

様々な問題、課題を抱え

そこに取り組んでいる


けれど私のWSは楽しく

(まあ、私がちょう~あほ、なところがあるからもあり

 楽しい事が好き、なこともあり、

 やっぱりその先に何が必要か、も見続けているからね。)

本当の意味で

みんなきれいに本当にきれいになっていく



そんな中、私自身もおもうところあり、

これからの大宮WSは

”今、私に起こっている事、起こった事”

というテーマで

本当の意味の女性性にたどりつくことにむけ

開催していこうと思う。


まさしく私自身のテーマもそこにあり

身体的には

けっきょくすべて、

身体のラインは会陰に流れ

会陰をつくりだしていることが

わかってきてしまった。


その柔らかいところが

喜びに満ち溢れ

健康健全に扱い、扱われることでしか

新しい世界は生み出せない。

「アフリカの大地」の画像検索結果



興味のある方は


ぜひ、大宮WSにご参加ください。

月1で開催していく予定です。


また、大宮以外でも

開催ご希望の方は承ります


どうぞメッセージを・・・・


長文読んで下さって

ありがとうございます


PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る。 


この世界の全てのものは身体から生まれ、

 あなたの身体の中に答えがある。

 あなたが本当に変わりたいなら ”基礎ポジション”を変えるのです。


 ”PHYSICAL METHOD FOR BEING"


 お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com

イスができた時、人間の意識と世界が変わった

           

イスができた時、人間の意識と世界が変わった


イスはなぜできたの?

マイワークをしていてふとそう思った。


とにかくイスがあることにより

尾てい骨が丸く収まらなり

仙骨が丸くならなくなった

寝っ転がることだって

画像検索結果ひと手間かかる。


でも人間の身体として、

機能として

尾てい骨が丸く収まることは

必然といっていいぐらい大事で     

仙骨が丸くなることは

丸くならないダンゴムシは

ダンゴムシじゃない、

と言えるくらい

人間、カラダにとって大事だ。


なのに、なぜ人は”イス”なんてものを思いついたんだろう・・・


きっと特権意識だ




私はそう思った。


”俺は、お前らとは違う”

その思いがきっと、イスを生みだしたんだ。

(もちろん、私の想像ですが・・・)


その結果、まず、

ダンゴムシも、象も、トラも、人間も

人間の中の酋長さんも長も、

おとうちゃんもこどもも赤ちゃんも

女も男も

み~んな同じ大地の仲間、と思っていたところに

イスに座る人、地べたの人、ができ

人間意識に

上、下、ができた。


イスに座れる人、座れない人がいれば

”俺も座りたい”と思うのは当然で、

だって、人は無意識に

みんな平等って知ってるもんね。

なのに、そうじゃない

そんなのおかしい。

俺だってあの椅子に座れるはずだ。

ところが、それができない。

そこに不平不満が生まれ

その結果”陰謀”や”戦い”が生まれ

”きれい”汚い”が生まれた


みんな同じ大地の上の

大地が”汚い”になってしまったんだね


どう考えたって

土は人間の成分と同じものでできていて

私たちが生まれた場所、帰る場所なのに

”汚い”場所になったんだね


大地で生まれ、

大地で生まれた食べ物をたべ

大地に帰るだけの人間、だったはずが


もっと言うと、

”地面”を汚い、とし、

でもどっかで

”大地”が命を生み出すことを

知っている私たちは

地面は汚くて

大地は壮大で

でも大地や地面の中の

この菌、この成分が汚い、とか悪い、とか

にしたんだよね。


そしてますます

大地から遠ざかり

あ、そうか

その結果

”地面”なんて言葉が生まれたんじゃないかな


そんなの混乱するに決まってるよね

あれとこれ

それとあれが

全然結びついていない。


学校では、みんな平等です

天は人の上に人を作らず

人の下に人を作らず、

と教えている学校の先生が

ちょっと高い教壇の上から話すんだもの



そんなつもりはなくてもさ

言ってることと

やってることが合わないんだよね。


で、イスの話に戻ると

そのイスの発想の延長線上に

教会があるんだと思うの


教会ができるまで

きっときっと

神様は、そんなに高いところじゃなくて

私たちの胸の中にいたと思うの


空は、そんなに遠くなくて

自分を包んでくれるオクルミのように

身体事包んでくれてたと思うの。


なのに、

教会のたてもの、なんてみせられたら

空まで遠いいなあ

自分がいくら背伸びしたって

届きようもないよう。。。って

自分よりも

教会を信じちゃうよね・・・


そんなふうに人類は進化し

そんなふうに私たちは、

耳に聞こえてくる

優しい話や

美しい話

優しい言葉や

美しい言葉とは

つながらない

物、現実をみせられていて

混乱しまっくているのではないでしょうか


あれとそれ

それとあれがバラバラで

私たちもバラバラに

子どもたちもバラバラに

鳥散らかった意識の中に

置いてきぼりにされ

混乱しまくっている。


そんな気がします。


そこから抜け出すには

学ぶことしかありません。


私はカラダから学ぶことにしました。

そして

画像検索結果身体はこんなことを教えているのです。







これとあれとそれ














「巻貝」の画像検索結果
全部一緒でじゃない?










「胎児」の画像検索結果


だって、一緒だから(笑)










画像検索結果

これを身体事体感する














「シダ植物」の画像検索結果
体感してしまうのが





P.M.B.メソッドです













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「巻貝数式」の画像検索結果




PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る。

この世界の全てのものは身体から生まれ、

あなたの身体の中に答えがある。


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