2016年1月30日土曜日

自分の中からしか自分は生まれない!! 何て苦しいの・・・

脳がかかとにある、という発見をしてから

友人がこんなことを教えてくれました。

とある本で、

「瀕死の病人は鼻で呼吸し、病人は肩で、

 凡人は胸で、聖人は腹で、

 仙人は踵で呼吸する」

と書かれていたとか・・・


すごいねえ。



そんな身体発見をしながら、

私は、もう苦しくって仕方がない。



今まで感じていなかった

カラダのあらゆる部分に

痛み、というのか

形容しがたい感じを感じている。


一番ぴったりくる言葉は

”いじいじ”する、だ。


ある友人は

背骨の一つ一つに過去背の記憶があり

それを癒す方法がある事をおしえてくれた。


ある友人は

DNAを癒す、というのが

最近注目されてる事

教えてくれた。


どれも当たっていると思う。


背骨もDNAも

いたいよ、いたいよ~

苦しいよ、苦しいよ~って

悲鳴を上げてるみたい


そこではじめて

外からの働きかけも必要かな、

と思う私。


振動、音の響き、

クリスタルボウル

パーカッション

音叉

とかがいいだろう。



精油もいいだろう。

ヘンプオイルもいいだろう・・・


でも、ここまでは

自分でやったほうがいいと思う。


そして、やっぱり

まだ自分でやろうと思う私。


きっとお客さんも

ある一線をこえたら

そんな感じを味わうだろう


そこから先は

ボーンダンス

(骨を解放するダンスのようなもの)がある。


とにかく、気になる骨をゆさぶっていく。


すると、ある動きある感情が生まれる。


その生まれてきたものに従い

とにかく骨を動かしていく。


そこには

リズムがあり、感情があり

はじまりがありおわりがある。



本当は、そんなのしなくったて、

暮らしの中に

それがあったんだと思う。


思うけれど、

今の時代は、それが必要だ。


このボーンダンスは

何か踊りたいけれど、

いまあるものじゃなくって

ただ、自由に、というのでもない、

とお思っている方に

ちょ~おすすめのワークです。


きっと、体験したことのないようなものでしょう。


だって、

私自身体験したことのない感情が

次々とあふれ出てくるのに

驚いていから(笑)

おもしろいよ。


魂が喜ぶ。


それでも、

少し時間が足すと

自分の基本ポジションが

できあがってないことから

”いじいじ”感が出てくる


それは右側の肋骨、わき腹にある。

そして、きっと

問題は肋骨・


その肋骨の問題を解決すべく

マイワーク・・・

すると、なんというか

全てが逆転してしまった。


自分という存在のなんと大きいことか。


今までは、骨格というもの中に

自分をお収めようとしていた。



それが靴下をひっくり返したように

骨格をはるかにこえる

自分という存在

自分の内側の大きさ、広さ


そして

それを言葉にするのは難しいんだけど

ほんとに全ては立体だった。


今までだって

カラダは立体なんだよって

お客さんにも伝えていた。

でも今は

その感じ方が違う。

というか

まったくちがう、

そして

そうでないと

上半身が立たないのだ・


上半身は

マトリョーシカのように

自分の下半身、

お腹の中からうまれてくる。

だから、下半身よりちょっと小さいし、

下半身の中におさまる。


(それが、これから伝えたい

 ”正座”ワークにもある。


それは、こんな感じ。


ほんとに

骨盤の中に

大きな大きな丸があり

その丸の上に上半身が立ちあがるのでなく

その丸の表面積事

全部持ち上げて

それが上半身になっている感じ。


そのエネルギーたら

すさまじい。

その苦しさったらない。


そして、やっと

自分の上に自分がのっかた。

自分の中心線が

ピンと立ちあがった。

正直

苦しさしかなかった。


まるで、赤ちゃんが

この世界に生まれてくるようだった


泣いた。


でもそれが自分だった。


だってそうだよね。


よく覚えてもいない過去性の記憶。

今まで、この世界で受け取った痛み

そんなもん全部もってるからこそ

また生まれるのだ。


持ってなかったら

このままでいい。


生まれなくったていい。


そして、なんとなく

私が、この世界に生まれたカルマ

私の今があることのカルマは

自分が自分にしたことへの

”屈辱”という気がしている。


もしかしたら

前世で身体を売っていたかもしれない。

ヨーロッパの商人だったかもしれない。

ナチスに取らえられたユダヤ人だったかもしれない。

どの時の何にしろ

あるのはひとつ。


生き残るために自分を売ったのだ。


誰かを守るため

生きていくため

お金のため

理由は何でもいい。


何かの為に

自分を売り、

その屈辱

自分が自分を汚してしまった

その自分自身が、

どうしても許せない・・・


それが

股関節に、のこっている


そんな気がしている。


そして今の私は

下半身を全部整えていくと

上半身が立ちあがらないのです。


”く”の字をこえて

カラダが折曲がってしまう・


それが私、の今。


今までの私は

なんとかこの世界に帳尻をあわせてきた。


みたくないことはみず、

忘れたいことは忘れ

都合のいいことだけ

都合のいいように記憶し


時々、えらっそうに

時々 おちこんで


カラダのあちこちを

都合のいいように使い


でも、下半身を整え

自分の魂の上に

まっすぐ立ち上がろうとしたとき、


私の心は

ワタシなんかみたくない、って言ってる。

この世界になんか生きたくない、って言ってる。

誰も私に触れないで、って言ってる。


それがわかってれば

そういう自分のココロと

ちゃんとつきあってあげれば


それでもいい、と思う。


でも、性格的になのかな?


どうしたら、まっすぐ立てるんだろう、

ってさがした。


そしたら上記のようなことが起こり

私は、この世界に生まれた。


カラダとこの世界の秘密

カラダの成り立ち

その役割

それを私は一つ一つ身体の部位として

説明することができる。


それを感じてもらえるワークを

提供することができる。


カラダはね,

一つの丸から生まれたし

丸になれる。


ほんとこんなな感じ

そして今日お話したのは、実の部分のおはなし






あわびはすごいですね。

でも、これが人間の身体のセンターラインにぜんぶあるんだよ。





















話は変わって

昨夜から

玉置浩二さんのメロデイを聞いたり

この人のユーチューブをみている。


人生はなんてハードなんだろう、と思う。


でも玉置さんの歌はすごい。


もともとすごいのに

その人生のハードさから歌われる歌は

もう、言葉もない。


いろんな意見があるとは思うけど・・・

若かりし頃の浩二さん




そして、今の浩二さん




おまけに…なんていい歌・・・





そして最後に真珠貝
















真珠はね,

貝のなかにはいいてきた異物

ごみもふくめてね

それによって膜が破れ

その膜が袋になったところに

貝になる働きと同じ働きがおこり

真珠になるんだって・・・















そして、貝をひろげるとシンメトリー
これが横、骨盤や蝶形骨とリンクすると思う人は
多いと思うけど
縦にもある。
そう思ったのが今日の発見です。





きのう、お母さん方に

”天才は足首と正座から”という記事を

アップしたら、

反響がすごかったの。


ありがとうございます。


やったことのない子育て

あふれる情報

右往左往するのは当たり前。


私は、お母さんたちに

こんな風に

自分自身と向き合う事を

おすすめします。


ワタシの息子君は中一でね。

もう、”俺が王様”だから

すごくすごく大変だったし

お互い大好きなのに

いつもすれちがって”けんか”


でもね、

今、こんなふうに私のカラダがかわって

ほんとに、ある日突然

全てが変わりました。


それなりの出来事もあった

とは思うのですが

その出来事も

今までの流れでいけば

また、お互いを責め合い

許しあうような、

そんなものだった気がするのですが


今、すごくかわれたのは

私自身が

そんな小さなことが

人からみたら

たいしたようなことがないことでも

痛かったことでも

嫌だった事でも

不信感でも

ココロが”え?”と思ったことは

必ず身体に残り

その後の人生がある、

という事に気づいた事だと思います。


私が、それに気づき

こころから

彼にごめんね、と伝え

この毎日に

他からの価値観が

どうでもよくなって

ほんとに迷いなく

そうなって


そしたら、

彼はあっというまに

変わりました。


今までは

彼にしてあげたいこと

いっぱいあったのに、

経済面、時間面でできず

やばくなると

そこを指摘する彼

指摘する彼のココロも痛み

指摘されて

最後は怒る私のココロも痛み


だったのですが・・・


今は

お茶碗洗いながら

ママ~

なに?

デブ


ノンソ【息子の名)

なに?

ハゲ

何言ってんの、おまえだろ


ママ~

なに?

ペチャパイ


ノンソ~

何?

OOちん

あたりまえだろ・・・


なんて、

そんな会話で笑っております。

(ちょっとのろけ?すみません)


でもね、

私がうまく言えたら

お母さんたちに

ほんとに伝えたい


子どもたちは

ほんとに大丈夫


大丈夫じゃないのは

お母さんなんだよ・・・って


そのお母さんを

ある時期まで

絶対的に

信頼してくれる子どもたちの愛に

ほんとに答えてあげてほしい・・・って


今日は、こんな感じ。


浩二さんのお母さんは

きっと、

ずっとやきもきしながらも

応援しているのかな・・・。



この世界が

少しでも

優しい世界になるといいね。































PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る ”PHYSICAL METHOD FOR BEING" お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com

2016年1月29日金曜日

お子さんをを天才にするなら、足首と正座が大事。

急な告知となりますが

2016年1月31日に(日) 14時半~17時半

逗子 逗子アリーナにて下記のWSを行います。

   良久結実子のいつでもどこでも自分で身体改善










http://www.reservestock.jp/page/event_series/16442http://www.reservestock.jp/page/event_series/16442



お時間のある方はぜひおこしくださいね。




という事で、今日は少し辛口ブログをお書きします。


まずはじめに

たくさんのお客様と接していて

よく思う事

”どうして人は、ほかに理由を持っていくんだろう”

という事です。


どこか身体がおかしい、という人が居ます。

病院に行く人

食べ物に気を付ける人

水にこだわる人

カラダにいいものを身に着ける人

心の問題、といっても

インナーチャイルド=育ってきた環境

過去性=過去の何か

トラウマ=過去の体験などなど

いろいろ いろいろ だけど

けして、

自分自身の何か、に原因がある、

とする人は

そうそういません。


でも、私は元来

めんどくさがり屋と

貧乏性なのもあって、

なんか、そのどれも違うんじゃない?って

思うのです。


どうして違うんじゃない?って思うのは

そうして

こだわっている人で

本当に素敵な人を

あまりみたことがない、

というのもありますが、


もうひとつ

絶対的にそう思ってしまうのは

私の人生で

なんて素敵なんだろう、と思った人が

そういうことに

全く無頓着な人、というより、

もちろん、これがおいしいとか

こういうのが好き、というのが

あるのだけれど

その時々で、あるがまま

なんでもいいようなところもあって


そのかわり

絶対的に大事にしていること

自分の好きな事、

自分が追及しているものに関しては

その作品に対して

また、その精神について

ものすごくシビアだ


という出会いがあったからです


”好きな事をするのが一番いいんだ”

若くして

そう思ってしまった私は

今、また新たにそう思います。


だって、全部絶対じゃない。


どんなに食べ物にこだわっても

病いになる人が居る。


でも、好きな事、というか

自分の人生に生きる意味を

見出してる人は

病気でも元気。


だったら、こっちのほうが

絶対だと、そう思うのです。


でも、お客様をみていて

あ~、まだそっちにもっていくんだ、

みたいなことはたびたびあり、

人って、絶対、みとめたくないんだな、

なんて思ってしまいます。


ま、自分もそういうところがありますが・・・


で、この頃感じている

子どもたちにつてのお話をします。


私はご縁があって、

自分の子育てにあくせくしながらも

多くの?なのかな

子どもたちとかかわる機会を

持たせていただいています。


そのおかげで、また

たくさんのお母さんたちと

お話しする機会をもっています。


でね、今、子どもたちの身体はやばいなあ、

と思うのです。


多くの子どもたちは

たくさんの習い事をしています。


そろばん、バレエ お絵かき

ピアノ 塾 ダンス  もろもろもろもろ


でもね、足首が硬いのです。


足首はね、

あたりまえだけど

足と脚をつないでる唯一の場所です。

⋆足と脚を分けますね 脚は脚全体

 足は足首より下、足の指や、かかと、足の裏をさします


ということは足より上の部分のすべてを

あの細いところに

すべて集め、足へとおくりこんでいます。


そこに集まっているのは、

足首より上の状態、全部です。

目の悪い人

耳の悪い人

鼻が悪い人

腰が悪い人

もろもろもろもろ

足首と足が整えば

ぜんぶよくなります。


頭で考え、動いた筋肉の状態

心を使って、動いた筋肉の状態

ぜ~んぶ

足首を通って

足にやってくるの。


それくらい足首が大事なの。


そしてね

これは少しわかりにくいかもしれんばいんだけど

身体の各部分はね

目にしろ、耳にしろ、頭蓋骨にしろ

おっぱいにしろ


なんでそこに存在しているかというとね、


例えばなしでね。

そのすべては、

重力がなかったら、

上へ上へとか、

感じたほうへ、とかね、

要は心のままに

どっかに飛んでいきそうな性質をもっているの。


だって、ココロってそういうものでしょ。


いいな、って思ったら、

そこにいっちゃうでしょ。


”心奪われた”みたいに

奪われちゃうの。


それは、身体の各部分も同じなのです。

各部分に、心があってね。

それが、何かに奪われちゃうみたいな感じです。


それを奪われないよう、

ひきとめているのが

物理的に、重力なのです。


だって、重力がないと

私達はこの星にいいれないものね。


で、その重力にむかって

しっかり錨をおろすように

足首を通って

足まで流れ

その足が

一歩一歩歩く時

それは、ほんとに”歩くの”歩くだし

”自分の人生を歩く”の歩くでもあるのだけど

地球のおへそまで流れるような

エネルギーって言うのか

気って言うのか

そういう流れが

身体にある事は、

ものすごく ものすごく大事なのです。



だってね、この小さな足がね、

人間の身体で唯一

この大地、この星と繋がる場所だから。


そして、上記に挙げた習い事も

学校でのお勉強も

また、日々体験するいろんなことも

私達人間は

自分で抱えているのではなく

どこかに還していかなければいけないの


だって、自分で抱えていたら

重くなるばっかりじゃない(笑)

それに

人間は呼吸しているから。

それが生きるってことだから・・・


それをどこに還すのが一番いいのか

ちょっと考えてみてください。


一生懸命お勉強して

学校の先生に還すなら、

そのお子さんは

どんな考えを持つでしょう?


お母さんに返すなら?


じゃ、自分だけに返すなら?


どんな感情がわくでしょう。


なんだか、

お空、とか、大地、とか

声が聞こえてきそう。


それは多分きっとそうなんですよね。


でもね、お空だけじゃだめなの

これがとっても大切なのだけど

お空はさわれないでしょ。

でね、

大地といってもね、

大地=この星であり

この星は、この宇宙に浮いているから

大地に返すことは=お空にかえすことに

なると思うのです。


あと、ね

お母さんのおへそと切り離され

生きなくちゃいけない人間は

根源的に

とっても不安だと思うのです。


不安な上に

さわることのない

お空にばっかりかえしてたら

どんな気持ちになるのかしら


じゃ、大地にかえすとすると・・・


地球は丸いでしょ

その丸い大地のどの場所からかえしても

ある一点にいきつく


それってすごいですよね。


お空だってそうじゃない?


あ、そうか...そうですよね。


でもお空のそれをイメージするには

ものすごく創造力と思考の力が必要。


大地のそれだって

ある一点に・・・て想像するのには

思考の力が必要だけど


でも自分にとっても

子どもたちにとっても

創造しやすいですよね。


あそこと、こことに立って

お母さんと、君は、

この大地でつながってるね、って


そして、地球には重力が働き、

その絶対的力のもと

私達がここにいるのだから、


大地に返すことが

どれほど安心感とつながるか

なんとなく想像して頂きたいな

って思います。


で、子どもたちの足首が硬くなってるってことは

そこが使われていない、

または、

そこに呼吸が届いてない

または、

そこの場所をあまり感じていない

または、

大雑把に感じてる

ってことになってね。


子どもたちは

自分が日々学んだこと、体験したことを

どこにもかえせないまま

次々と与えられ

まるで宙をさまようように

あれもいいね

これもいいね、って

行き場をなくした風船のように

ふわふわ ふわふわ

しているような・・・・


いえいえ、

子どもたちはすごくって

お話すると

ほんとにちゃんといろんなことを

わかっています。


子どもたちには

そういう感覚、正しさに対する感覚が

あるんですね。


けれど、

大地にも何も返せない身体の状態で

年齢を重ねるにつれ

どんなことがおこるのか


おまけに

人間というのは動くようにできている。


その動きはね、

ほんとにおもしろいんだけど

身体のどの部分をとっても

360度

どの角度に向かっても

動けるようにできてるの。


なのに、

足首が硬かったらどうなってしまう?


おまけに足首は

その上の全部を支えている・・・



もしも、足首が

サリーちゃんの足首のようで

ぐるっと回転して

向こうのものを見ようと思ったら?


とっても大まわりで

いちいちめんどくさい、っていうか

疲れるでしょ・


そうすると、

当たり前だけど

人は”後ろのものとって”って言われると

めんどくさいな、って思うし

疲れるな、って思う。


だから、

なるべくめんどくさい事はしないようになる



すると、

目の範囲は限定され

視力が悪くなる。


例えば・・・ね。のお話


または、

すごくがんばりやさんで

めんどくさくてもやる。


すると、その子の人生観は

生きるって”めんどくさいことをやることなんだ”

ってなる。


その、どちらでも

その後の一つ一つに始まる人生が

どんなものか・・・


なんとなく自分にも

思い当たるところありませんか?


だからね、

足首が硬くなっている、

というのは致命的なのです。


でね、

正座のすごいところはね

自分の体重を利用して

足首を柔らかくできる、っていうか

ちゃんと正座すると

そうなっちゃうのです。


逆に言うと

正座がつらい、とか、しびれた、とかいうのはね

どこかに身体の歪みがあったり、

どこかが閉じてたり、開き過ぎてたり。でね。


それをね、

気持ちよく正座できるように

いろいろさがしていくと

必ず、ある一点があるの。


それは、

ほんとにある一点なのね、


なぜって。

地球には重力が働いているから

自分のいる場所から

その一点に対し、

カラダが何の負担もなく

存在できる場所は

一点しかないの。


それは1ミリづれても、違ちゃうのです。


らくな正座というのは

この地球上の

その1点に存在しようとしてるようなもの。


これは走っているのだけど
座って居る時も こんな風に1点がある







ちなみに、動物はさらにに美しい・・・
















その感覚というのは

数学の要素も

物理の要素も

測量や建築

美的感覚

あらゆる要素を

はらんでいると思いませんか?


そして、

足首がいい位置にはいるためには

前からやってくるもの=外からやってくるものを

一回、自分のうちに収めないと

足首になfらないの


赤ちゃんには

アキレス腱もかかともない。

成長して歩きだすにつれ

アキレス腱やかかとができるの

でも

ちゃんとアキレス腱やかかとを

育もうと思うと

前からやってくるものを

自分のうちにおさめる呼吸をしないと、

できないんだ。


そして、

あくまでも、こどもたちのカラダは

私達大人の写し鏡なのです。


なぜって、

子どもは模倣する存在だから。


子どもたちは

なんの判断も加えず

大好きなお母さん、お父さんの

カラダとカラダ使いを

自分のうちに取入れ

取り入れたことによって

その考え方

その思考までも

取り込んだことさえ気づかず

取り込んでいきます。


だから、

今の子どもたちの足首が硬いのは

今の大人社会が

足首を硬くする社会だからです。


それは、

100年前のことではないでしょう。


そして、日本にはあたりまえのように

その生活があったのに・・・です。


そう、何々体操、とか、ね

なになにしなくっちゃ、

じゃなくて

生活の中に、

足首を柔らかくする要素が

たくさんたくさんあって、

正座は、もう究極だったのです。

三度三度だからね。


余談ですが

自分の骨の歪みを整え、

身体の中に

”まっすぐな息の通り道”をつくろうとして

形として正座になっちゃった

ワタシのワークは

そこを気づいてから

このところすごい変化が起こっていて

なんと。。。(すみません)

まっすぐな”うんこ”が

でるようになりました。



まっすぐ~です(笑)


それはお腹の中が

まっすぐなったから・・・・なんですよね。


もちろん、便秘なんてありえません(笑)



そんなこんなの想いを込めて

もう間際ではありますが

お子さんの足首を心配する前に

まずは、ご自身の足首を感じ、

そこにある意味、変化をかんじていきませんか?















PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る ”PHYSICAL METHOD FOR BEING" お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com

2016年1月26日火曜日

脳はかかとにあって、腸さえ脳さえなくなって・・・

私はかなり変な人になってしまった。

そう、このブログはかなり変な事を

書いてしまうでしょう。


昨日の発見”脳はかかとにある”を

確かめるべく今朝のワーク。


ワークといっても

お風呂に入りながら

気づくと2時間弱。


お風呂は

ポジションとして最適なの。


それで、

やっぱり”脳はかかと”だなあ、と実感する。


で”脳はかかと”で

身体を整えると

カラダは我が息子ちゃんのように

限りなくスレンダーになり

重さがなくなる。


お尻はものすごく小さく

今までは何だったんだと思う。


そしてお腹がスコーンとからっぽになる。


うん?

これだと腸なんか、内臓なんか、胃なんか

ないみたい・・・


でも腸が脳だって言ってる人いるよな・・・

それはなんなんだ・・・


そうして気づいた。


大体、腸はこういう役割で

脳はこういう役割で

ここにあります、

何て言ってるのも

いまの科学の範囲で

その思い込みの中

実証されているにすぎない。


私の今の身体の感覚だと

腎臓とか、肝臓とか

いわゆる骨格の中にある、

とされているものが

まったくない、感じ。


で身体はとっても心地いい。


でも、内臓は確かに身体の中にある。

それは解剖で実証されるてる・・・


じゃ、いま、私が存在を感じない

”腸”は?頭蓋骨の中の”脳”って何?

と次々疑問が沸き起こってきた。


でね、おもったの。

腸ってね。

その表面積は300平方メートルとか、

なんかどっかで地球一周とかきいたことが

あるのだけれど、

とにかくそれは地球じゃないかって思うのです。


とか、地球上の最初の生き物は

ミミズに代表されるように、

腸だけあった、とか、

だから私達はカラダにミミズをもってる、

ともいえるのではないか・・・と


それを誰かが”腸”って名付けたから

”腸”と思ってるし

”腸”は、物を消化する場所、

うんこに変える場所です。

といったから、

そうおもってるだけで、

もしも、私がアインシュタインで

私達人間は

身体の中にミミズと地球を持っています。

それはお腹の中にあります。


と、そういったら

みんなそうおもうんじゃないかな

なんて思ってしまったのです。


そうやって考えていくと

眼球は眼球ではなく

太陽でもあるし、惑星でもある、気がする。

だから、

私達が目とよんでいるものは

実は、太陽が身体の中に入ったものです。

とか、

お空の星が目に入ったのです。

といったほうが

私にとっては

リアリティがあるし、

ほんとにそう思えて来てしまったのです。


で、今脳といわれているものも

私達人間は

頭がい骨に神様の知恵をおさめました。

それが”脳”です。

といった方が、私には納得できるし

そう思えてきた今日なのでした。


でもね、そんな風に思うと

人間て、なんてすごいんだ、って

思えて来るよね。



私の中に太陽が入り込み目となりました。
私の頭蓋骨の中に神様が入って脳となりました。
私のお腹の中には、ミミズがすんでいます。
だから、私は私のようで私でなく私はからっぽ。
だって、今という瞬間はすぐに消えてしまうから.....




























なんか、内臓について語るなんて

あほらしくなってくる。


なんていうのかな、

その脳も、眼球も、腸もね

”かかとが脳”って

カラダにするとね。

みんな境界線がなくて

すこすこなの。


だから、もっというyと、

それらは、

あの星とあのミミズとつながってますよ。

それは特別なことじゃないから

普段は忘れてていいんですよ。


だって、あなたはわたしで

わたしはあなた。

あなたは一つの地球で

私は一つの地球だから

みんなひとつなんですよ、


って、カラダでそう感じてしまうの。


それを、

その存在をしり、

名前を付け

そこにあることを認めてしまった。


そこに

”重さ”が生まれ、

なんか人類を

どんどん重くしてしまってるんじゃないのかな。


だって、死ぬときは死ぬし

そんなことどうでもいい気がするの。


それより、

もっと大事なことがある、と思うのです。


大事な事は、

そのことについて

知ろうとすることさえ余計で


ただ、どうやって

みんな幸せになるか、

あなたがわたしで

わたしがあなたなら。

どうやって、

ミミズも、地球も、わたしも、あなたも

クラゲも、犬も、あの花も、この山も

しあわせになるか、って

できるのは

神様を頭の中にもっている

”人間”だけではないか、と思うのです。


ちなみに

”おへそ”がとっても大事でね。


みんな”おへそ”でつながってる、

って思うの。


でね、おへそを立たせてるのは

人間だけなんだよね


哺乳類はね

おへそが下向いている。


だから、

存在として

そのすべてが神様とともにあり、

それぞれの身体能力に

神様のごとくの、

何かを持っている。


私達人間は

神様とおへそのつながりをなくし

尾てい骨をさげ、

戦うことに降参して

前歯を自分のうちにおさめ

奪い取る事をやめ

その代わりに

感情の宇宙を胸骨の中に持ち、

神さまを頭蓋骨の中におさめた、

と、私は思います。


そして身体能力的に

自分で獲得しなければ

成長できない、

というミッションを持ったのです。


ほんま

努力するために

生まれてきたみたい。

人間って・・・。


だから

やっぱ努力しないと

いけないのです。


自分の声に従って・・・



なのであせらず、あわてずゆっくりと
ワタシの道を歩みましょうかね。























はあ~、

ものすごく深くて

常識外れの考え方ですが

これ、

合ってると思います。


さあさあ、

そんなここんなで

1月31日 14:30~17:30

逗子アリーナにて

”正座の奥義と骨の歪みと生き方改善”

というワークショップやります。

体験参加費 5千円


お時間のある方はぜひ!!


このWSすごいことになりそう


お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com

です。

よかったらどうぞ・・・




PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る

”PHYSICAL METHOD FOR BEING"


2016年1月25日月曜日

脳はかかとにある。

ひたすらカラダの歪みを整える日々。


今、私は、

生まれてきてから今に至るまで

様々な出来事、体験の中で

閉じてしまった筋肉の場所を

確実に開けている。


そこを開ける、

何があったのか、

何を思ったのか

もう覚えてもいないけど

そこには”言葉”

いや、

言葉にならない感情があるのがわかる。


だから、その場所をあけると

その感情が怒涛のようにあふれてくる。

でも、その感情に溺れる事はない。


余談だけれど 私自身、

インナーチャイルド

前世療法、ブリージング 等々

感情を解放させるワークは

なぜか、とっても苦手。


なぜかな。

それは私自身がするもので

他の人がするものではない。という想いと

私以外の誰かが

わかるはずもない、というか

この大切なものを

誰かのカテゴリーの中で

かたづけられたくない、という

とってもかたくなな想いがある気がしている。


だから、自分はカラダのことに

集中し続けるようになった。


ところが

そのカラダのワークで

感情があいてしまう。

でも、それにおぼれることもないし

判断はいらない。

だって、これはただ

カラダの左右対称を整え

自分の中に

”まっすぐな息の通り道”をつくろう、

とするボデイワークだから。



ある骨の場所を開けたと時に

あふれる感情

骨を歪ませているのは

思考より先に感情だ、ということがわかる。


その感情に沿って

カラダの基礎ポジションが作られている。


それらを解放し、

整えていくと

整えても

整えても

どうにもならない自分のカラダと出会う。


なにしろ、私のつむじはゆがんでいる。


こりゃしょうがないか、

と思いながら

私はその歪みがいやじゃなくなっていた。


なんだか、とっても愛おしい。


これが、私なんだ。


私はやっと私自身を

受け入れ始めた気がする。





歪みも、そこにある感情も全部受け入れた

これが、わ * た ⋆  し




そうしてある風景を思い出した。


ある夏、人影もまばらな砂浜で

ちょっとぽっちゃり目の白人男性が

砂浜に上半身だけおこし寝そべって

砂のおうちをつくっている。


その作り方がとっても美しい。

砂をにぎり、さらさらと

丸めた小指の隙間から落ちる砂を

ながめながら

すなのおうちにかけていく。


水着を着た彼の筋肉は

ぜんぶ重力にむかって

たれさがっている上に

繊細さとやさしさと、

はにかみがあらわれて

カラダはくねくね

幼子のように歪んでいる

けれど、どこにも力みがない 

なめらかなライン

”だから、こんな美しい砂のおうちが

出来上がるんだ・・・”


そうなんだ。

別にまっすぐじゃなくていいんだ。


そんなことを思いながらも

やっぱりマイワークは

まっすぐな息の通り道を目指し

進んでいく。


だって、その歪みの場所に

何があって、なぜなのか知る事は

とってもとっても

おもしろいから。


そうして今日

なんだかとんでもないことが起こってしまった。


カラダを整えていく


カラダというのは

空気がはいった一つの袋みたいで

あっちがへこむと

こっちがとびでて

こっちがとびでてると

あっちが縮む。


私の身体の感覚は

どうしても左側の感覚が薄い

というか、

身体のある部分が消えて”ない”という感じ


それを取り戻そうとする、と

どんどんどんどん

左脳が身体の外に押し出されて

左脳が袋の外に出ていってしまった。


うん?

これじゃ困る。

何が起こってる?


そうか、左脳は

わかっていること、

言葉や思考、概念

つまり

この世界にある

誰かの考えを受け止めできた。


いま、わたしは

そんなものとっぱらって

カラダの声

私の声を聴こうとしながら

カラダをまっすぐ整えようとしている。


ということは

この歪みのもとは

”左脳社会に適応しよう”とした

結果かもしれない・


だから、身体が整ってくると

そんな左脳をおしだしちゃうんだ。

”人のものはいらないよ~”みたいに


でも、これじゃ左右バランス取れない

これじゃ、左が空白のままだ・・・


じゃ、左脳はに何に使うんだ!!


するとからっぽの左脳が

自分の左頭蓋骨のまわりを

一巡したみたいに

ぐるっと下からかえってきた。


なにをするのかもわからない

からっぽのの左脳。


君は何をしたいの?


すると左脳が右脳と話し始めた


”君はこう思ってるんだね

”君はこうしたいんだね”


このあたりになると、

もうよくわからなくなるんだけど

”あ~、こうやって

 世界とのかかわりがあって、

 こうやって測量術が生まれ

 単位が生まれ

 名詞とか言語ができたんだ”

 って、感じがあった。


 え~と、ようは

 今まで使ってた左脳は

 わかっているものから

 物を考えようとしたんだけど

 からっぽになった左脳は

 からっぽのまま世界と出会い

 そこで世界と出会い

 何かを生み出そう、としている感じ。


それは、とっても面白い感覚だった


今まで、左脳は誰かに汚染されてたんだ!!


そうして頭蓋骨の中はからっぽになった


うん?

じゃ、脳はいったいどこにあるの?



そうやって脳の場所を探していく

カラダが歪まず

身体の中に

”まっすぐな息の通り道”をつくるため

一番シンプルで、

カラダが無駄なく、心地よく動く

脳の場所。


それは、なんと”かかど”でした。


”かかと”か・・・


そういえば、

かかとがあるのは人間だけだ。


そうだよね。

二本脚歩行するために

かかとができたんだもんね。


そうだよね。

赤ちゃんは頭が一番大きい。


それは天からの叡智

そのものをもって生まれてくるから


生きるとは、

それを身体におろすこと。


そのために

生まれてきた。


そして赤ちゃんにはかかとがない


それをからだにおろすため

人は歩き始め

人間として、を学ぶ。


そのためには

カラダに脳が必要。


頭はからっぽがいい。


頭の脳を限定させているのは

頭の脳を誰かに汚染されていく事なんだ。


頭の脳は神様とつながっている。

だから誰にも汚染されてはいけない。


かかとに脳があれば

誰からも汚染する事はない。

し、

かかとに脳があれば

カラダは何と自由自在に動くことか

ということで

長くなりましたが

”脳はかかと”にあるはずなのです。


かかとに”脳”がある、と

思った わ ⋆ た ⋆ し
























こんなことを言っている人は誰もいない・


でも、私は自分のワークを通して

脳は”かかと”にある、と実感する。


これから、これをひろめていかなくちゃ。


だって、多くの人の左脳は汚染されている・


特に、子どもたちの身体の歪みは

かなりやばくなってきているから。



長文読んで下さってありがとうございます。

よければお試しに

何か行動したり、思ったりするとき

ぜひ、かかとで思って、

かかとから始めてみてください。


あなたのカラダは、きっとらくになることでしょう。






PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る

 ”PHYSICAL METHOD FOR BEING"

お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com

2016年1月8日金曜日


あけましておめでとうございます。

昨年は、思ってるよりもたくさんの方に

Physical method for beingのFBページに

アクセスしていただき

本当にうれしく思ってます。


新年のあいさつに何を書こうか

漠然と探しながら

ご挨拶が遅れていたのですが


今、私はとても静かな気持ちで

このワークの真髄に

行き当ったことを実感しています

(といっても、ノー天気な私なので

 あれ?そうじゃなくて、こうだよ

 何て言うかもしれませんが・・・)


今朝のマイワークで実感したこと


それは・・・

それは・・・

それは


一番幸せだった

お母さんのお腹から

この世界に放り出され

チョキンと

へその緒をきられてから、

多分

私達の身体はずっと、

あてどなさと

さみしさと

心細さを感じ

何か

あたたかなものにつながりたいと

求め

裏切られ

裏切られ

許し

求め

裏切られ

そして

最後は

”私”がそうなるしかない、と

自分にかえる

自分を確立する

ということです。

”私”を確立するために

この世界にやってきた・・・

それが”魂の旅”なのか、と・・・



なんとも、

さみしく、厳しくハードな旅です。



そんな旅をはじめた頃の私左側























でも、そこから逃げることはできない。

そして、

誰しもが

すべてのものが

そうなら、

なんとも

愛しく、優しくなれる旅、です。


身体的には

”おへそ”がポイントでした



このMETHOD

そもそも自分の

おへその位置が歪んでいる!!!

という気づきと、

それを整えようとすることから

はじまり、

いつもいつも

いいところまでいくのだけど、

最後の最後

どうしても歪んでしまう私のおへそ、

について、

HOW?  WHY? WHAT’s HAPPEN?

を探りながら

今朝は徹底的ワークしました。


すると

どうしても邪魔をする場所が

わかってきました。


それは、

身体の中にある

手の親指から

足の親指までをつなぐ

私的には

センターラインとよんでいるのですが

身体のど真ん中にある

一本の細い線のような

息の遠り道でもあり

軸でもあり、

ダイレクトに脳、思考、と

関係している場所でもある、

と思っているところが

どうしても

”ことば”に邪魔をされ

歪んでしまう感じがあって

なんていうのかな

そこが、

何かとても”思考”で逃げだそう、

としている気がしたのです。


そこで気づいたの

あ~、思考、っていうのは

結局、言い訳でしかないんじゃないかな、

って。


いろんなときに

人は言葉を紡ぎます。


特に、自分の存在が侵されそうになると

必死で、言葉を紡ぎ

そして、自分なりの考えや答えをみつけ

次の一歩を決めていく


些細な人間関係のトラブルでも

大きな人生の選択でも

同じことをしている・・・

ような気がします。


そうして、新たな価値観が生まれ

新たな、何かが創造されていく


余談ですが、

私はこの3か月

ずっと、

このワークのチラシをつくっているのだけど、

なかなかうまくいきませんでした。


よく言われるのは

”わからない”

”むずかしすぎる”

自分が言いたいことより

相手が何を望んでいるかが大事なんだよ

、とか


それらの意見は

とても役に立ちました。


でも、最後の一歩で

やっぱり、

自分の伝えたいことではなく、

相手にすり寄っていく感じがあったり

インパクトを与えようとする感じがあったり

わかりやすくなりすぎて

今、この世界にあるものとの違いが

なくなったり・・・で


うまくはいえないのですが

それは

何か、今この世界に存在する

ある”思考”にはいっていく感じがあって


でも、このワークは

その”思考”をはずすこと、自体が

とても大切なミッションなので

そのこと自体が

このワークのミッションとずれてしまって

最後の最後

この世界にあわせるために

自分に似合わない服をきるのか、

みたいな違和感を

ぬぐいきれませんでした。


そこには、

とても大切な学びが潜んでいました。


簡単に言えば

お金のために

自分を商品にするのかしないのか

みたいな。


私としては

”商品になりたい”です(笑)

しかも

BIGヒットな


でも、

私がなりたい”商品”は

私のまま、

このままの私が”商品”になりたい。


で、このままの私は

世間知らずで

あほで

ただ、

身体探索と、

身体を観る目と

人に教えるのが上手、

だけがとりえで、

しかも

身体に対する

こんな考えに興味がない人の前では

ただのチンプンカンプンな人に

なりかねない

思い込みの深さ、です。


このままじゃ困る、と

私も思っています。


変えれるところは

変えていく


でも、でも、でも

最後の一歩

人は、みんなこうするんだよ、

っというところが....

できない。


そして、

そのできない時、

それをしよう、とするのではなく

なぜ、できないのか、

その理由を

自分の中で探り

その答えが見つかったら

あ~そうなのか、と

さらに

それを踏まえた自分のやり方をみつけ、

自分流を強化していく、

という、

なんともめんどくさく

あくまで自分流に徹する

結局、

みんなと合わせられない人、

のまま、の私のまま、

になってしまう。


ほんま、どうしようもないです。


でも、それが

このワークの大事なとこ、でもあり

だからこそ、

このワークが構築され、

必要としている人に

手放しで伝えたい・・・

だから、譲れないし、

心のどこかで

このやり方で

BIGヒットになる、か、

そこそこHITか、というと

やっぱ

BIGヒットをしか願えない。。。のです。


念のために

こうやって書いてしまうと

えらいいさぎよし、

と受け止められる方がいらっしゃたら、

その際中の私は

もう、みっともないったらありゃしない、

というくらい

すり寄ったり、

媚びたり、

落ち込んだり、

浮かれたり

自分本位だったり・・・の

ありさまです。


で、そんな日常の

あれやこれやを

全部盛り込んで

自分の身体に向きあい

何日も

何日も

向き合い、


今朝の気づき、となったわけです。


最後、

ええい、もうめんどくさい

言葉なんか

なんもいらんよ~

って、


ワークの構築をかんがえることも

何が起こってるかかんがえることも

ぜ~んぶやめて

ただ、おへそが真ん中、

ってことだけを意識して

身体を整えていくと、


ほんと、

泣きたくなったよ。


だから、

赤ちゃんは

求め、

なき

笑い

喜び、

ひたすら、

この世界と出会いたがるんだな・・・って


今度こそ、

誰かを愛せそうです。




恋愛

結婚

SEX

誰かと出会い

共に生きる

あたりまえのように

すでに

人生の中に

それが組み込まれている事に

疑問を持たず

へいへいぼんぼん、な私は

自分の魂が

本当に誰かを求めなくても

とりあえず、

それが楽しそう、とか、

そうしてみたい、とか、

で、それを求め、

夫と結婚をし

二人の子供を授かり

想定外の

離婚の仕方を体験し

想定外の

離婚後の生活を、

今、体験しています。


でも、それはただ私が”楽しそう”って

望んだ、からだけじゃない。

その時、

私は他のものも望んでいた。

そのいくつもはかなわず、

かなったものは、

これで

そのかなったものも

望んだわけではなく

こうなってる・・・


やっぱり、

そこには人智をこえた

”神様”(とよばれるべきもの)の

働きかけ、抜きには考えられない。




そして、

人と人のつながりには

いろんな形があり、

そのどれもが

大切で

かけがえのないもの、と思います。



それをわけてみると

魂のつながり、

日常のつながり

お金のつながり、

の3つにわけられる気がします。


話は変わって

昨日、

私の音楽活動バンド”がらくた7”の

ライブがありました。


そのライブは、

キャプテンという人の

大好きなミュージシャンぅを集めた

イベント形式のライブで

もう、ほんとにいいライブでした


自分で言うのも変ですが

”がらくた7”は、

相当いいバンドで

ジャンルを超え

カテゴリーを超え

お客様の魂をふるわせています

(のはず)


が、今回の出演者さんは

キャプテンを筆頭に

もう、

そんな先輩方ばかりで

私の魂はふるえっぱなし、

しかも

音楽的センス、うまさ、は

”がらくた7”を

はるかに超えている


その中の2バンドは

現役サラリーマンさんで

みなさん、

なんと、おくさまに内緒で

音楽活動をやってらっしゃる


なんで?こんなにかっこいいのに・・・

いやあ、月に2回以上はだめって・・・


そんな・・・

もったいない・・・


でも、その人たちにとっては

その家庭が

とっても大切なんだな、って

思いました。


だから、この方たちは

”日常”と”お金”でおくさまとつながり、

それをとっても大切にしている

”魂”は、

バンドメンバーや

こうやって出会う、

同じ価値観の人に求めてる。

それもあり。


私はと言えば、

こどもたちに

”日常”と”お金”のつながりを

維持するのが精一杯。

でも

こどもたちは

”魂”のつながりを求めてくる

し、

子どもたちは、

私とは違うから

本当の意味で

”魂”でつながれるかどうかは、

これからだと思う。


私と元夫は

”日常”と”お金”でつながり

そこに”魂”のつながりを

求めたけど

すれ違った


今は”お金”のつながり、だけ


そして私は

それを受け入れることもできるけど

それはいやだ、と思ってる。


私は”魂”でもつながりたかった


でも、

私自身が

私の魂が、

何を求めてるのか

わかってなかった


というより

私自身が

私の魂を大事にしてなかった。


小学校3年生ごろの私。
三段腹、ねじれた身体ぜ~んぶに不満足。
そこからずっと不満足で、
その不満足が言葉になり、詩になり、思考になり、歌になり・・・
いまの私になる・・・でも、このよじれぐあい、かわいいなあ・・・




そして今、

私自身が私の魂のもとめるものが

みえはじめた。


震災

年齢

人生の困難の中

私は

自分でもよくわからず

今の自分にできること、と、

自分にしかできないこと、という

仕方のない消去法の選択で

ワークの確立と

自分流の人智学の学びと

音楽、を選んだ。


その中で

ありえないくらいHAPPYになってしまう

”がらくた7”の出会い

数少ない恩師

素晴らしい友人たちとの出会いがある


そして、今朝

私は

ほんとに、

ほんとに

かなしくて

心細くて

誰かを、求めた


アダムとイブ

私の片割れ

私の魂は

私の魂を丸ごと愛してくれる人

を求め始めた。


きっと、

ここから

フラットな目で

誰かを、

何かを

好きになれると思う


こどもたちとも

仲良くなれると思う


みんなとも

仲良くなれると思う


そして”ガラクタ7”の歌にもあるのですが

やはり元来”業欲”な私は

魂のつながり

日常のつながり

お金のつながり

その3つ

スペシャルにぜ~んぶほしい!!と、

人智を超えた”神様”と

明確につながることにしました。


というより、

みんなつながってるし

今でもつながってるのだけど、

きちんと、

身体的に

そこにつながった身体を

維持し深めていくことに

集中していきます。


2016年

思考

感情

感覚

健康

活きる  を扱う



Physical method for beingのテーマは



”感情を信頼すること”


そのために

自分以外の思考をはずすこと。


ボデイテーマは

センターラインを自分のうちに収める事だ。


長文読んで下さってありがとうごいざいます

2016年

皆様の日々が光あふれ

どんな時もどんな時も、まっすぐに歩まれて

近くの人に喜びを与えられるよう・・・心からお祈りしています。

本年もどうぞよろしくお願いします



今の私、スコーンとなんにもなくなり、
背が伸び、HIPライン、バストラインがあがり
めちゃかわいくなったよ(笑)
























さて、このブログを読んで下さったみなさんに

NEW YEAR スペシャルワークをプレゼントいたします


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